橋本裕の日記
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2001年12月27日(木) 奨学金制度に見る教育の貧困

 日本の奨学金制度の貧しさについては、以前にもこの日記に書いたことだが、昨日の新聞を読んでいて、もう一度書かずにはいられなくなった。教育への投資こそ最重要である。ところが、この国ではこの一番大切なことがないがしろにされていると思われるからだ。

 文部科学省の「教育指標の国際比較」によると、たとえば米国では返済の必要のない給与奨学金「ペル」の総額が9578億円、この他に貸与奨学金「スタフォード」が総額1兆3千億円が用意されている。公立大学の授業料の安さを考えれば、これで学生は親から経済的に自立することができる。

 これにたいして、日本育英会の平成十三年度貸与総額は4732億円。アメリカの給与奨学金「ペル」と単純比較すると、総額で半分、人数では1/5だという。千葉大教授の三輪定宣氏が「教育費が高い中で、国際的にみても日本の奨学金制度は非常に不十分」と指摘しているが、まったくその通りである。

 不況が慢性化する中で、経済的に苦境におかれた家庭がふえつつある。こうしたなかで、日本育英会が独立法人化され、今後「無利子」の奨学金枠は大幅に減らされる方向だという。この方向性ははたして正しいのだろうか。

 日本では教育は親がするものだという考え方が強い。個人の立身出世意識が強く、良い学校を出て、一流の会社や職業に就き、ハイレベルな生活を享受したいという利己主義と上昇志向が顕著である。しかし。、こうした考え方は世界の中で例外だと見なさなければならない。本来教育は社会的に有用な人物となり、社会に貢献するために行われるものだからだ。

 したがって、本当は、教育は社会が責任を持って行うべきものである。当然その費用は社会が負担すべきものである。こうした考え方が確立されれば、日本の教育環境も大きく変わってくる。そして、教育を受けた子供たちは、恩恵を受けた社会に対して、より多くの責任と義務を感じるようになるだろう。


橋本裕 |MAILHomePage

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