DIARY
更新履歴も併せて記録。

2006年08月03日(木) ハライソ。

水辺が恋しい。
精神的に参ってくると、
俺がもし水辺のあの町で暮らしてたら、
どんな人生を送ってたのかなぁって考えて、
しばし逃避の旅に出る(笑。

多分、俺にとって水辺のあの町が桃源郷的な雰囲気を持っているのは、
恐らくその時がパパンもママンも最高に幸せだったんじゃねぇか、
って勝手に思ってるからかもしれない(笑。
好きな仕事して好きな人と一緒んなって、
そんで子供も生まれて…年も25と23だっけ?
結局パパンは15の時の約束を守って、
10年経って妻子引き連れて実家に帰って家業を継いだが、
それでも好きな話をするときはとても楽しそうで。
んでそれを傍で見てるママンも楽しそうで、
それをうんうんって聞いてる俺は、
半分も意味わかっちゃねぇのに、
なんかそれが凄くキラキラしたいいものだ、
っていう勝手なイメージでもって、
まるで絵本か何かを読んでもらってるような気分だった。
よく考えれば小学校上がったくれぇのガキに、
抵抗がどうとか電流がどうとか言った所で、
天才でもねぇ限り理解しようもないんだけど(笑。
それでもパパンはとても楽しそうにその話をした。
俺がカメラをバラして遊んだ時も、
技術の授業でスタンド作ってきた時も、
パパンはとても楽しそうにしていた。
自分の好きなことを教えもしないのに子供がしてる、
っていうのはすっげー嬉しいことなんじゃねぇかなって思う。

小学校の時学芸会で王子様をやることになって、
帽子がねぇっつって父方のじいちゃんに帽子を借りた。
狩人さん的な帽子。
その時のじいちゃんの顔ったらねぇよ(笑。

俺が高校で文芸部に入って小説らしきものを書いて、
母方のばあちゃんがそれを読んですげぇ嬉しそうにしていた。
音読までしやがる(恥。
聞いたら自分も小説家になりたいと思ってた頃があったんだって。
それで孫も同じ様に小説書いてるって解って、
すごく嬉しかったんだって。

俺がアホみたいに日本史に嵌った時には、
母方のじいちゃんと父方のばあちゃんがそれぞれ嬉しがった。
二人とも歴史が大好きだった。
当時は俺も結構マニアックな歴史好きだったが、
それでもじいちゃんとばあちゃんには敵わなかった。
とんでもねぇ。

そうやって過去を辿って、
あの記憶にもない水辺の町へ思いをはせて、
俺はこの人たちの血を貰ってんだって自覚して、
すっげー愛されて育ってきたんだって思って、
それですごい申し訳なくなって泣きたくなる。


海が見てぇなー。


 < old  index  new >


hydra