DIARY
更新履歴も併せて記録。

2005年07月04日(月) やばい…。

明日は朝一で会社に行って、
とりあえずプリンタ5台動作確認して、
ノーパソも2台動作確認して、
それから荷物送って、
速攻で早退して葬儀に参列です。
当初参列しなくていいような感じだったので、
明日の仕事やらずに帰ってきたんだけど、
ていうか妹のお迎えがあったので残業できなかったんだけど、
でも帰宅後急遽参列が決まったので、
即上司に電話を入れて、
明日そういうことで、って伝えて今に至ります。
先輩に頼んでもいいんかもしんねーけど、
でもなんか今日中途半端にしてきちゃったし…(沈。
出社できそうだから行ってくる。
1時間半くらいだけど。
なんとか形にはしておきたい。
迷惑は極力小さく抑えたい。
あー…。

まあ良くも悪くも大変世話になった叔父なので、
線香くらいは上げに行きたいけど…。
まあ…ね。
色々だよね、うん。


*


時に思うに、
人間が天に召される場合において、
使命を果たしただのこの世に用がなくなっただの、
なんだか適当なこと言う連中が世の中にはいらっしゃいますが、
人間誰もが使命を持って生を受け、
その使命を全うして天に召されるんだとしたら、
説明がつかない死がどれだけあるのかということを、
ちゃんとその足りない頭で考えて発言するよう警告したい。
何か使命があるから生かされている、という台詞は、
一見謙虚で自戒的な雰囲気で捉えることもできるが、
逆に言えば、死んだ人間は使命を終えたのだと言っていることになる。
ということはだね。
最近よくその辺で子供が虐待死とか突然死とかしてるけど、
彼らはどんな使命を帯びて生を受け、
そしてどんな使命を果たして死んでいくのか。
生まれずして亡くした命には、
どんな使命があって、どんな使命を果たすのか。
愛する家族を残し死ぬことも、
まだ幼い子供を残し死ぬことも、
希望に満ちた明日を目前に死ぬことも、
それも全部運命ってことで済ませるつもりなのか。
だったら彼らは彼ら自身のどんな使命を、
どんな風に全うしたと言うのか。
そんな彼らがどうしてこの世にもう用がないと言えるのか。
死んで遺族を悲しませるために生まれてきたとでも?
それとも一時的ストレス解消のために生まれてきたとでも?
格好良さそうな台詞を吐く前に、
その些細な言葉の一つ一つで傷つく人間がいることを、
軽々しく言って許されないことがあることを知るべき。
世の中に存在するすべてのものには共通のものと、
決してそうはなりえない部分が数え切れないほどあって、
ほんの些細な言葉の端々で傷つき悩み、
あるいは嫌悪や憎悪、殺意さえ抱く場合もある。
一方的に発信する日記や手記の類ならまだしも、
人の前に立って話をする時は、
その辺十分に自覚して話さないと馬鹿に見えるよ。
平均寿命が80だか90だかあるみたいだけど、
そんなのただの「平均」であって、
100まで生きるやつがいれば、
生まれる前に死ぬやつもいるし。
平均なんつって誰も彼も80まで生きられるみたいな雰囲気で、
なんか人生語る上で80までを想定してんのって馬鹿っぽい。
ていうか俺にとっちゃこの先の人生想定して生きてること自体が、
そもそもくだらねーっていうかお気楽っていうか。
せめて10年くらいで止めとけよ。
10年五体満足で健康で生きてれば儲けもんだと思うよ。
そしたらまた10年くらいで考えてみればいいんじゃない?
てめぇの老後を考えるよりも、
てめぇが死んだ後に残る人たちの事考えたら、
少しは生活の足しになるようなモノ残そうって思うっしょ。
老後の心配してるようじゃまだまだ見識が狭いね。
それじゃあ折角素晴らしそうな事言っても、
結局はてめぇの事しか考えてないってことじゃん。
生かしてくれてるのは天でも神様でもねぇわけだよ。
謙虚になる対象間違えてるよ。
格好いいこと言いたいなら、
もちょっと頭使った事言ったほうがいいよ。

と、先週の感想でした。
以上。


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