DIARY
更新履歴も併せて記録。

2002年09月10日(火) なんとなく。

体調が優れません。
なので、滅入ってます(単純)
こういうときはつまんないことを、つらつら考えるんですが。

明日、テロ事件から1年っすね。

あの日の日記を読み返したりとかしてみたりして。
やっぱね、他人事だよね。
つか、それ以前にアメリカ嫌いなんでアレですが(何)
凄惨な事件だったと思いますよ。
次の日の朝刊一面に、逃げ遅れた・・・違うな。
逃げられなかった人たちの、まだ人だった頃の写真なんかを見て、
異常に気持ち悪くて、吐きそうだったのを覚えてます。
ホントに、卑劣な出来事だとは思います。
思いますが。

一体そこで、『誰が』卑劣だったのか、っていうのをね。
考えてしまうわけです。

崩壊前に撤退した消防士が、

「戦場のようだった」

って言ってました。
瓦礫や紙が散らばっていた、と。
でも、実際の現場なんて正常じゃいられないくらいだったんだろうな、って。
あそこから逃げる事が出来た人の、
どのくらいが変わらない生活を送れているんだろう、って。
紙と一緒に散らばった『モノ』を。
瓦礫と一緒に振ってきた『モノ』を。
彼らはきっと、嫌って程見たんだろうな、って。
もしかしたらそれは、同僚だったのかもしれない、とか。
そうじゃなくたって、廊下ですれ違った事あるかもしれない、とか。
そういう、どこかでかかわった人が、
ああやって、一瞬でグチャグチャになってしまうんだっていう。


あの日は、凄い良く晴れた日で。


もともと、快晴っていうのはちょっと怖いと感じる俺ですが(え)
こう・・・異様に眩しい空、ってあるじゃないですか?
ああいう日は何かが起こりそうで怖いんですね。
まぁ、逆に、
馬鹿みたいに晴れた空の下で起きた、
そういう・・・よくないことって言うのは、
妙に鮮明に焼き付けられるような気がしなくもないです。
ネガティブな感情とは正反対な景色が、余計にそれを煽るような。


朝に怯える類の人間です。
だから、単純に、
そんな風に自分とは無関係にめぐっていく時間とか、景色とか、
そういうものに、異常なまでに怯えてみたりするわけです。
引き篭もりをやっていた時代に(爆)
朝が来るのがどうしても嫌で、
日が昇る前に寝よう、とか、
限界まで起きててやろう、とか、
そういうことをやってみたりとかしてました。
無邪気な時代です(え)
そして、そんな日々を送っていた時に、
カツーンと、タイムリーに入り込んできたのが、NOT GUILTY(笑)
マジ泣きだったことは、俺の中で有名です(は?)
だからって。
別にそれで引き篭もりをやめたとか、そういうのはないです(馬鹿)



結局は。
何処で誰が死のうと、
何処で誰が生まれようと、
今ココで不本意に日々をこなしていようと、
戻らない過去を嘆こうと、
二度と触れられない人を想おうと、
届かない声に憤ろうと、
漠然とした明日に怯えようと、
足掻こうと、もがこうと、泣こうと、喚こうと、


日は沈み、また昇るわけです。


人生ってやつは、
転がってるんですよ。
歩いているんじゃなくて。
きっと、ただ。
どれだけ器用に転がっていけるか、ということなんでしょう。
ピンボールみたいなもんですよ。
障害物を利用したり、
何かを巻き込んで無敵化したり、
母体から吐き出されて、
はじかれた時からずっとそうやって転がってるんですよ。
止まれやしないんです。
ただ。
本物のピンボールと違うのは、
転がってるだけのそのちっこい玉にも、
幾ばくかの『自我』って言うヤツがあるってだけで。





と。
こういうことばっかり言ってると、
また何か倦厭されるので、いい加減止める事にします(何)



おわり。


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