| 2018年01月15日(月) |
1月15日は昔の成人の日 |
俺・・・
おはよう 1月16日、火曜日の朝9時 はばたき市の天気は晴れ 何となく、今日は暖かいかも?って感じられる朝だった 昼間は3月並みの気温になるらしい 気温の上昇とともに、あと半月もすれば花粉の時期なんだなぁと実感してくる
1月15日は昔成人の日だった 今年の成人の日は振袖の販売レンタル業者がとんでもない失態を犯し晴れ着を着られない新成人が大量に出てしまい、一生に一度のことなのにって意見やら、そもそも着物を着て式典に出るってのをやめたらいいのにとか言い出す人もいたりして、成人の日ってのは一体何なんだろうと改めて考えてしまう機会になった
成人の日の定義はともかく、子供の日があるんだから成人の日もあって祝うのはよくわかる そして敬老の日も長寿を祝うのは確かに寿って言葉もあるし自然なことだ でも、それなら、大人の日もあっていいのにな、なんてことも考えたりする 祝ってもらいたいとかではなくて、大人になった人々が、自分で自分のために時間を使うことができたら、それが一番なんだろうなぁとか まあ、それは、年中自分だけのために時間を使っている人もいるから言っても意味がないか
人間、子供から大人になるのはいつなんだろう 成人の日に大人になるわけではない、それは分かる もっと前から自分で何かをしている人はちゃんと大人になっている だけれど、いったん大人になっても、結局、自立できないと、大人ではなかったりするから、そうなると、延々と手助けが必要な人であり続けたり・・・
手助けが必要な人と言うと、老人になったりすると、皆大まかに介護されたりする 自分で自分のことができる人も多いのだけれど、衰えとともに、不便なことが増えて、全部きっちりできなくなると思うから「皆大まかに」な感じ 翻って、自分が介護される立場になったら、どんなことを考えるのだろうとかも意識したりすると、人は大人になるのかもしれない
ここで、一つだけ、思う事
大事なのは、全て自分のことにしてしまわない
自分が供給できるものと、自分は出来ないことをちゃんと分けておかないと、大変なことが全部自分のことになってしまう
たとえるなら、今ちょうど大変な時期の受験生 勉強するのは受験生自身で、周りは勉強することは出来ないし勉強しても意味はない それは皆当たり前にわかるのだけれど、事が老人介護になると、全部自分がやろうとする人が続出する 全部やらなくていい それは、結構ポイントになると思う
じゃ、また
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