世の中が、どんどん変わってゆく 今までの常識ってのが、全く通用しなくなってゆく そんな事をひしひしと感じる、そんな今日この頃
話せば解る この言葉が通じなってきているのも、実際あるんだろうな そもそも、話しても通じない、簡単に言うと言語が違う人が、すぐそこに居るようになってきたのは、日本にとっては初めてなのかもしれない
日本を極東って言うだろ 日本にいると、極東って表現がイマイチぴんと来ないのだけれど、実際、東の端っこに日本がある ロードオブザリングみたいな世界観で言うと、地の果、それが日本
多分に、地の果にいるとそこが地の果とは気づかないのだけれど、それは案外幸せな地の果だったのだと思う やはり、地の果まで旅をしてくると、途中でゴラムに出会ったりするわけで(ぷぷぷ) そういう危険を冒してまで地の果にやってくる人は少なかった 訪れる人が少ないから、日本はほぼ日本人がいるだけの国だったんだ
それが、世界がどんどん狭くなって、世界中からいろいろな人が極東までやってくるようになった それと同時に、日本にいる人も、どんどん世界へ出てく行くようになってきた
様々な文化が世界にはあって、日本の常識は日本以外では非常識で、そういうのも気づけるように成熟してきたからこそ、余計に日本に居ることのありがたみもわかるのだけれど
話せば解るのは、解る人だからなんだよな やっぱり、通じない人には、何を言っても通じない そういうのは、どこかで、理解していても、実際目の前に通じない人がいると、面食らうし、言葉は悪いけれど、怖かったりする
それでも、正直、見た目で「通じない人だ」とわかるならまだいい 通じないであろう事を想定して関われば良いから でも、日本人なのに、どうみても普通の人なのに「通じない人」には、結構困る だけれど、考えようによっては、通じない人も俺を通じない人と思うわけで、どっちもどっちか
世の中は日々危険が溢れている 怖い思いをしながらも大怪我はしないように、お互い気をつけよう
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