hazuki's diary

2012年06月09日(土) 牛100頭

俺・・・

おはよう
今は10日の午前6時過ぎ
外は雲の多い晴れ、もしくは曇り空に少し晴れ間がある、みたいな感じですっきりではない
それもそのはず、9日には入梅した模様宣言も出たし・・・雨の季節だ

昨日の本の話しの続き
その本を読もうと思ったそもそもの切っ掛けは携帯電話に宣伝が出ていたから
携帯の情報ページ・・・ニュースとかゲームとかいろんなものがあるだろ
俺は携帯電話ではWEBにいかないけれど、そんな俺の携帯でも情報の一端いわゆるタイトルだけは日々更新されていて、時々そのタイトルだけを眺めてみたりする
で、Bookのページの「店長イチオシ!」ってのになっていたのが今回の本
「人生はあきらめるとうまくいく」確かこんな本の名前だったような

その本によると、釈迦は人々に諦めることを教えているらしい
でも今の日本では頑張ることが善あきらめは悪みたいな感じだから、著者はそうじゃないよと説明したかったらしい

昨日日記に書いた欲と幸せに関しての例え話を紹介すると
金持ちのある男は牛を99頭持っていた
「あと1頭で100頭になる、どうにかして増やす方法はないものか」
と思った男は、古い友人で牛を1頭だけ持っている貧乏な男のところへ行くことにした

「おまえは牛を一頭持っていて羨ましい
 俺は牛を一頭も持っていない、子供に牛の乳を飲ませることも出来ない」

金持ち男がそういうと、貧乏男は

「おまえがそんなに大変なことを知らずに悪かった
 俺は女房と二人働けばどうにか食える
 この牛を持っていって子供たちを食わせてやってくれ」

金持ち男は泣きながら礼をいい牛を連れ帰り「よし、これで100頭になった」と幸せを感じる
貧乏男は、牛を失ったけれど「友人を助けることが出来た」と幸せを感じる

欲望が満たされたことによる幸せと、そうではない幸せは違う
それを説明した例え話し
牛が100頭になった金持ち男は、今度は150頭を目指すようになる
すると100頭の幸せはもはや価値がなく牛足りない状態へ逆戻りする
欲望にはきりがない
でも、牛を譲ったことで得られた幸せは、消えることがなく貧乏男の心に残る、みたいな解説だった

なるほど、それは意味がわかる
でも、それならば・・・
この著者は何故本を出版するのだろう
布教の旅に出て皆に語ればいいのではなかろうか?
本にしたければ、フリーペーパーでもいいのではなかろうか
999円のこの本を売るのは金持ち男の発想ではないのか
そしてその本を買って「なるほど!いい話しだ、いい本を買った」と思うのは貧乏男なのか

宗教は別に悪いものでもなんでもないし、その人が求めるから必要だ
ただ、俺には何故なのかあまり意味がわからなかったのが、信者がとんでもない額のお布施をする心理
でもこの本を読むとわかる
心の幸せはこういうものなのだと教えられたら、金など無用というわけだ
もちろんそれでいい、それがいいと思う人はそれでいい
だけれど、欲望の幸せは意味がないと教える教祖が金を集めるその意味はどこにあるのだろう(謎)

腹減ってきた
パンを食おう

じゃ、また


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LM 葉月 珪 [MAIL] [HOMEPAGE]