妙なタイトルは、もちろん猿の惑星の話 予定通りに映画を観にいってきた
でも、俺は特別行動力があるわけではない それでも観にいくのは、単に「今年は映画60本宣言」をしているから 別に守る必要は無いのかもしれないけれど・・・ 目標ってのは達成すると多分どんなことでも楽しいだろ
ただ道端を歩いている時・・・ やる気が起きずに、全く歩く気にならないって場合でも
あの電柱のところまでは歩こう
そんな風に考えると、そこまでは辿りつく で、その電柱まで着たら、次の電柱を目指せばいい そうやって歩いてゆくうちになんとなく目的地に行けたりする
前置き長いし・・・
で、猿の惑星・創世記 この映画は有名な猿の惑星(1968年)の話の前に何があったのかってのを描いたものだ 43年前の猿の惑星は以前にも何度か見たのだけれど もう一度確認してから、映画館で創世記を観た
この映画は、不快だ 面白いし、よく出来ているのだけれど だからこそ、非常に深く不快だった
多分それは・・・ 人が非常に馬鹿で、愚かしい行動ばかりを選び 自らが全能だとばかりに、奢り高ぶっている事実を見せ付けられるから
本当はそれがわかっているのだけれど、あまり認めたくはないから「なかったこと」みたいに片付けているその「本性」をわざわざ見せられる
そんな自分を確認して・・・、不快感を覚えてしまう それが、映画の目的でもあるのだろう だから、この映画は非常に不愉快に出来ていて、それが正解なんだろうな
でも、不快に思えてその訳は人として人だけを不快に感じたのではなくて 知恵があるもの、力があるもの、自ら以外のものを支配しようとする側のものを見てそう感じた それが、人ではなくて猿になっても同じなんだ
映画は非常に面白い 本当に、映像もよく作りこんである 少し空いてきたころに、もう一度観よう
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