| 2004年07月08日(木) |
書けないので無断引用です。 |
『ノルウェイの森』を再読している。村上春樹の小説やRADIOHEADの音楽の不思議さは、最後の最後、行き場を失った人に「ここにいようよ」、と思わせてくれる何かがあることだ。
「ノルウェイの森」で思い出して3年くらい放置してある友人(ワタナベくんみたいな人)のホームページを見た。無断引用で怒られるかな、でも、本当にいい文章。今日は書けないので、人の才能をコピペしてもうねます。
「僕のしゃべることの半分には意味がない。それでも口にするのは、君に届きたいからだ」って、このレノンの詩は、以前レヴューページの頭のところにも引用していたのだけど、ここ一年間ぐらいぐるぐる回って、1コも文章を書けなくなって結局行き着いたところはここだったという気がすごくしている。
今にして思うと、多分以前は、「繋がり合えるわけないよなー/届くわけないんだよなー」という「ずらし」を繰り返し繰り返し挟みこむことで、逆に「「ずらし」によってずらせない部分の存在」を感じようとしてたのだろう。
別に基本的なところが変わったわけではまったくないのだけれど(というかまったく変わってない気もするけど)、今は、ずらしていく必要を感じない。それは「ずらすことのできない部分」をはっきり感じ取れるようになったからだろうし、それを笑い飛ばして見せるくらいの余裕も身についてきたからだろう。んー、でもどうだろう?はたから見てれば今でもいっぱいいっぱいに見えるのかな?でも多分、ちょっと余裕無い位のほうが、個人的にはぴったりくる自然なリズムなんだと思う。
今でも大好きな、ウィーザーの(少し遅くなったけど、祝復活!)「アクロス・ザ・シー」の「どうしても触れられないし、触れちゃいけないんだろうな/でも君には僕の歌があるし、僕には君の手紙があるんだ」と歌われるライン。
あるいは、ペイヴメント(なんと解散してしまうらしい!涙)の「スピット・オン・ア・ストレンジャー」の「僕は他人に唾することができる/君は冷酷な他人/君の瞳に太陽の輝きを見た」というフレーズ。
そしてプライマルの「キル・オール・ヒッピーズ」の「オマエは金を手にした/オレは心を手に入れる」という「声明」。
今は、どれも手にとるようにはっきりと感じられる。それはすごく素晴らしい事だと思う。
…というわけで、再開することにしました。これからぼちぼちとアップしていこうと思ってるので、よろしくお願いします。 (2000.12.02)
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