| 2026年10月23日(金) |
Middle crisis/repost |
出典】
清水公男「英語教師の学びの成長に必要なものは何か?――制度か? それとも?」『英語教育』2012年10月号(Vol.61 No.7)、大修館書店、pp.24–26
今回読み返してあらためて感じたのは、清水氏の言わゆる*空白��* 、つまり中堅から先の成長こそ、わたしたちの世代がいま正面から向き合うべき課題だということです。
なぜ中堅以降の成長は難しいのか。
若い頃は目の前の授業を回すことで精一杯で、その必死さ自体が成長の原動力になります。
ところが、ある程度授業が「回る」ようになると、生徒とのズレに出会っても経験で処理できてしまいます。
そして処理できるからこそ、その経験はことばにならないまま流れていってしまうのです。
この停滞から抜け出す手がかりとして示唆的なのが、「達成度」と「改善度」という2つの軸の区別です。
授業が一定の水準に達しているかどうかだけを見ていれば、中堅教師はたいてい「できている」と判断できてしまいます。
しかし、前より良くなったかという軸で見直すと、まだまだ伸びしろが見えてきます。
生徒を評価するときには当たり前に意識しているこの視点を、自分自身の授業となると案外忘れがちなのではないでしょうか。
では、自分の改善をどう捉えればよいのか。
この点で、当時と今とで大きく違うのは、振り返りを支える道具の多さでしょう。
授業の録音・録画は手軽になり、生成AIに授業記録を読ませて論点を整理させることもできるようになりました。
流れていきがちだった経験を、記録として手元に残せるようになったわけです。
ただし、道具が増えても、何を見るかという「観点」がなければ振り返りは深まりません。
記録がいくら手元にあっても、見るべきところが定まらなければ、それはただの映像や文字の集まりにすぎないからです。
清水氏がチェック項目という形で示そうとしたのは、まさにその観点だったのだと思います。
そしてその観点は、一人で抱え込むものではなく、最終的には同僚との対話の中で磨かれていくのが理想と感じています。
ズレを書き留め、振り返り、言葉にして分かち合う。その小さな積み重ねこそが、「教えるプロ」から「教えることを学び教えることに活かすプロ」へと至る歩みなのではないか。
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