家族進化論
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2019年02月19日(火) 【引用】父は忘れる

父は忘れる (リビィングストン・ラーネッド)

 坊や、きいておくれ。お前は小さな手に頬をのせ、汗ばんだ額に金髪の巻き毛をくっつけて、安らかに眠っているね。お父さんは、ひとりで、こっそりお前の部屋にやってきた。

 今しがたまで、お父さんは書斎で新聞を読んでいたが、急に、息苦しい悔恨の念に迫られた。罪の意識にさいなまれてお前のそばにやって来たのだ。

 お父さんは考えた。これまで私はお前にずいぶんつらく当たっていたのだ。

 お前が学校に行く支度をしている最中に、タオルで顔をちょっとなでただけだといって、叱った。

 靴を磨かないからと言って、叱りつけた。

 また、持ち物を床の上にほうり投げたといっては、どなりつけた。

 今朝も食事中に小言をいった。食物をこぼすとか、丸呑みにするとか、テーブルに肘をつくとか、パンにバターを付けすぎるとかいって、叱りつけた。

 それから、お前は遊びに、お父さんは停車場へ行くので、一緒に家を出たが、別れるとき、お前は振り返って手を振りながら、「お父さん、行ってらっしゃい!」といった。すると、お父さんは、顔をしかめて、「胸を張りなさい!」といった。

 同じようなことがまた夕方に繰り返された。

 わたしは帰ってくると、お前は地面に膝をついて、ビー玉で遊んでいた。長靴下は膝のところが穴だらけになっていた。お父さんはお前を家に追いかえし、友達の前で恥をかかせた。「靴下は高いのだ。お前が自分で金をもうけて買うんだったら、もっと大切にするはずだ。」― これが、お父さんの口から出た言葉だから、われながら情けない!

 それから夜になってお父さんが書斎で新聞を読んでいるとき、お前は、悲しげな目つきをして、おずおずと部屋に入ってきたね。うるさそうにわたしが目を上げると、お前は、入り口のところで、ためらった。「何の用だ」とわたしが怒鳴ると、お前は何も言わずに、さっとわたしのそばに駆け寄ってきた。両の手を私の首に巻き付けて、私に接吻した。

 お前の小さな両腕には、神さまがうえつけてくださった愛情がこもっていた。どんなにないがしろにされても、決して枯れることのない愛情だ。やがて、お前は、ばたばたと足音をたてて、二階の部屋へ行ってしまった。

 ところが、坊や、そのすぐ後で、お父さんは突然何ともいえない不安におそわれ、手にしていた新聞を思わず取り落としたのだ。

 何という習慣にお父さんは、取り付かれていたのだろう!

叱ってばかりいる習慣―まだほんの子供にすぎないお前に、お父さんは何ということをしてきたのだろう! 決してお前を愛していないわけではない。お父さんは、まだ年端もゆかないお前に、無理なことを期待しすぎていたのだ。お前を大人と同列に考えていたのだ。

 お前の中には、善良な、立派な、真実なものがいっぱいある。お前の優しい心根は、ちょうど、山の向こうからひろがってくるあけぼのを見るようだ。お前がこのお父さんに飛びつき、お休みの接吻をした時、そのことが、お父さんにはっきりわかった。

 ほかのことは問題ではない。お父さんは、お前にわびたくて、こうしてひざまずいているのだ。

 お父さんとしては、これが、お前に対するせめてものつぐないだ。昼間こういうことを話しても、お前には分かるまい。だが、明日からは、きっと、よいお父さんになってみせる。お前と仲良しになって、一緒に喜んだり悲しんだりしよう。小言をいいたくなったら舌をかもう。そして、お前がまだ子供だということを常に忘れないようにしよう。

 お父さんはお前を一人前の人間と見なしていたようだ。こうして、あどけない寝顔を見ていると、やはりお前はまだ赤ちゃんだ。昨日も、お母さんに抱っこされて、肩にもたれかかっていたではないか。お父さんの注文が多すぎたのだ。

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