家族進化論
Sawmen

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2017年09月08日(金) 引用ここから

(木村達哉さんの言葉より引用)

中学は義務教育なので、彼らは義務的に教育を
「受けさせられている」状態だと言えます。
ですので、やる気のない生徒に対してもかなり
声かけをしてナントカやる気を喚起しようとしています。

しかし高校は義務ではありません。
彼らが「勉強したい」と望んで学校にきたはずです。
今さら「勉強したくない」と言われるのはこっちが迷惑です。

ですので高校生たちには「やる気がなくて堕ちていく
のであれば、それはそういう人生もある」と言います。
中嶋らもさんのように、全く勉強しなくって
在学中から酒ばかり飲んでいたけれども、
小説家になって活躍した人だっておられるのです。
英語や数学の勉強ばかりが「勉強」なのではない。

むしろ英語や数学の勉強が自分に合っていないなら、
何なら自分に合っているのかを一緒に探そうとします。

押し付けられる勉強に対してやる気が出ないのは当然。
押し付けられた仕事が嫌なのと同じです。

だから僕は補習や追試よりむしろ面談を重視します。
むりやり補習や追試を課されても、そもそもやる気が
ない子にとっては拷問ではないかと思うからです。

「何ならばキミは生きる気力が出るのか」について
いろいろと語ります。最初は「わからない」などと
言っていた生徒でも、ゲームなら喜んでしていることが
わかってきます。それなら任天堂などにゲームを提供する、
つまりゲームを作る側にまわったらどうかという話をします。

実際それでゲームを作る仕事に就いている子もいます。

親が裕福で生きていくのに苦労しない子の場合には
特に頑張らなくても生きていけるのならいいんじゃない?
という話もします。
高卒でのんびりしていても生きていけるんでしょう?
ならば中退でもいいじゃない?親の会社を手伝えば?
いつ死ぬかわからない人生なのに、来たくもない学校で
やりたくもない勉強をさせられているのはつまらない。
もっと君には充実した人生を送ってほしいと訴えます。

その子をやめさせたいと思っているのではありません。
本当にそう思っているのです。
我々の人生には無駄な時間などない。
ぼんやりしている時間であっても、それは有効な時間です。

生徒の家庭環境や生育状況によって声のかけ方は異なります。

いずれにしてもやる気が出ないという状況はつまり、
自分が頑張らなくてもそれほどカネやメシには困らない
という状況に甘えているわけですから、それを意識させ、
「キミは少なくとも望んで高校に来たんだから、
今さらやる気がないと言われても、困るのはこっちだ」
という話をし、望まないのであれば辞める選択肢も含めて示し、
今後の人生の相談に乗ろうとします。

やる気はないが、大学には行きたいという生徒には
「練習はしたくないけど、プロ野球には入りたい」
という選手がいたらどう思うか、
「練習はしたくないけど、ピアニストにはなりたい」
という人がいたらどう思うか等、
彼らが大切にしている部活動になぞらえて話をします。

そのプロセスで「木村がこんなにも自分の人生について
真剣に考えてくれているなら、もう一度勉強を頑張って
やってみようかな」と主体的に思ってくれればそれでいいし、
「確かに学校の勉強より、自分は他の分野に行きたいな」
というふうに気付いてくれれば、若い間に人生を修正できたのだから
そちらのほうが良かったと僕は思っております。

いずれにしても、今日の耐久高校さんでも生徒たちに
お話をするのですが、授業を受ける段階でやる気がない
という状態であれば、教員がいくらいい授業をしても
意味がないですし、それは前で教えている教員に対して
失礼千万なのですから、生徒たちの義務としては
体調管理とやる気管理をしっかりとして授業に臨む
ということになるのかなと思っています。

我々の側から言えば、やる気が出ない生徒たちには
できるだけ相談には乗るけれども、やる気というのは
言い換えれば「生きようとするエネルギー」なのですから
生きるエネルギーなんて自分でどうにかすべきなのです。
教員が生徒とは言え、他人のそれに首を突っ込んでばかりいて
肝心の教科指導が疎かになってしまっているようでは
やる気のある生徒たちの数字が伸びないことになってしまい、
英語のプロとして失格ですので、教科指導8、やる気指導2
ぐらいの割合で、でも「この人の授業を受けていると
英語が勉強したくなる」と思わせる授業をしたいものです。


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