小郷さんのほがらか日記
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今月のスカステの見所は峰さを理さんのディナーショーかも知れない。
そういやお笑い番組をあまり見ないこの私が初めてチュートリアルのネタを見ました、ほんとに明石と和君だった。ちなみにイっちゃった感じの和君が「俺の目を見て“好きだ”って10回言ってみろ…!」てネタだった、切り口が新しい。
【俺のサイトだから言わせろ2007:仕事のグチ】 半端にパソコン出来る人がエクセルとかワードで俺流に原稿を作って「これのとおりにやって」と言われるパターンは難儀、解像度がまったく足りないとかどっかのサイトからパチってきた画像とか渡されてもいいかげんまいっちんぐ小郷せんせい。ホント勘弁して欲しいです。あと一生懸命ハイセンス風(笑)に作ったのに一番目立つ文章をPOP体にしろと言われたときの虚しさと言ったら…!(どうして素人さんは丸文字フォントとかPOP系をむやみに使いたがるのだろうね)。でも一番ひどいのは自分の打ち合わせの不備を棚に上げて逆ギレして私に当たるしゃちょうだと思います、猪突猛進すら読めないのに。 入社当初からブチブチし続け、でも来月こそ来年こそはよくなるだろうと思い続けて今年で4年目になります。給料も安すぎ(私がハタチの頃の給料より安いです)残業手当も出ない休みない人が居つかないもうボチボチ我慢できなくなってきたぞぅ…!来年のキリのよい時期にさらばいばーいとか軽く考えていたけど早まりそうな予感がしゅる。そう思いつつリクナビNEXTと物件情報を交互に眺める毎日です。しかしなによりも先立つカネがないない!
【カネもないがヅカネタもない】 のでエレ百話でも。色々と思うことがあって今年はエレ百ネタは自粛しようと思っていましたが(俺なりに気ぃつかってんスよ)やっぱやめました、これからはネタに出来るものは全部ネタにしてゆくことにします。 誰かが話を膨らませている可能性もあるので話半分で読んで下さい。
時は20世紀。 ももかさんとエレナ・イエツェンスカヤさんのファーストインパクトは予科生と受験生という立場であった。受験用の声楽教室が一緒だった2人は、教室の発表会にて初めて交わることとなる。 当時帰国直後だったイエツェンスカヤさんは日本語が絶妙にカタコトで相当なインパクトだったらしく、興味を持ったももかさんにとっては後に「面白いから好きだった(半笑い)」と語るほどちょっとしたUMAだったらしい。一方イエツェンスカヤさんは「TAKARAZUKAニ入ルニハ、アンナニモHigh-Tensionジャナキャ、イケナイノDEATHカ…!」と鮮烈なイメージを抱いたようだ。
そんなイエツェンスカヤさんは81期トライアルに失敗した際にももかさんへラブレターをしたためたらしい。思いの丈が綴られた書面の終わりはこう締めくくられていた。
不死鳥レイ(イエツェンスカヤさんの和名)ハ、帰ッテキマス。
I'll be back.... その文章には丁寧に不死鳥の絵が描かれていたそうだ、想像の域を超えないが多分に手塚治虫調であったろう(…ハッ!80期初舞台を予測していたのか!ロシアの黒魔術ってすごい!)。 あれから十数年後、貰った当人は「…それがこないだ実家に帰ったらその手紙が出てきてさぁ〜!」と爆笑していた。まるで下駄箱に入っていたラブレターをクラスメイトに見せてしまう男子高校生のようだ。 手紙が出てきてその後どうしたかは私には与り知らないが、そんな時代から赤面クーテレデレ攻×鬼畜受であって、2人の縁を意識する前から結構絡んでいたり絡ませていたのは男乃武器屋にとってもエレ百は運命(SADAME)であったのだ…。
(SSおしまい)(SSだったのか!)
ももかさんが星組に来たのは「さなえの怨念よぅ!」もあるだろうけど少なからずイエツェンスカヤさんの黒魔術もあると思います(2%くらいは俺の念が絶対入っている)。もーホントおやびん愛されてるな!それが幸せかどうかは知らんけどな!
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帰宅後テレビを付けたらどんぴしゃマヤミキ武道館で全身の体温が失われました。ああわたし当時は彼に本気で恋していたわ、けどそんな当時ですら直視できない演目だったわ…! にしてもアレってもう9年も前なのか、ホントすごいよねマヤミキさん、今普通に女優やってるし。ぼかぁ今の方が好きだなぁ、釈ちゃんのドラマに出てるのは良いマヤミキだと思う。
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