きまぐれがき
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2003年11月06日(木) 老兵なんて言わせない

「あのギャラリーは賑やかなおばあちゃんたちで圧倒
されるんだから」と、看護婦さんに訊いたからには
遊びに行ってみたい。

入り口に立って室内を覗いている私に気がついた、
一番奥のベッドで寝ているおばあちゃんが「おいでおいで」
と手招きしている。
そばに行くと「退院が決まったので嬉しくて」と初対面の
私におっしゃる。ベッドにかかっている札を見ると、入院は
2ヶ月前の日付が記されている。
「それはおめでとうございます。2ヶ月ぶりにお家に帰れるの
ですね」「そやねん。年寄り仲間がみんな待つてくれてるねん」
お布団を跳ね除けてガバッと起きるや、両手を胸の前で合わせて、
恋人に抱かれるかのように、うっとりとした表情をされたので
私も嬉しくなった。
このおばあちゃん82歳。

そのお隣では、たまにトイレでお会いするスキンヘッドの
おばあちゃんが、ゴソゴソとベッドの上で着替えをして
いらっしゃる。仕切りのカーテンを開け放しているので
一部始終を見させていただく。
サササ〜としなやかに着替え終えたおばあちゃんは、墨染めの
お着物姿となってベッドの下からゾウリを探し当てスルリと
履かれる。尼さんだったのだ。

「よいお天気でございますね。これから出かけてまいります」
檀家にでも行かれるのか一時外出なのだそうだ。
杖をつかれてはいるが、お迎えの方にもたれかかるように
出て行かれた。
このおばあちゃんは83歳。

あちら側では「子供も孫も、だれも来てくれない」と、やおら
ベッドから降り不自由な足で靴を履きだしたおばあちゃんに、
こちら側のベッドから、昨日手術をしたばかりで「痛い痛い」と
唸っていたおばあちゃんが「廊下にでたらあかん!転んだら
危ないやろ」とすごい勢いで怒鳴っている。
あちらのおばあちゃんも、こちらのおばあちゃんも86歳。

怒鳴ったおばあちゃんに付き添っている初老の娘さんは、
「うちは痴呆がすすんでもいるんやけど、口は達者やねんよ」と
本人に聴こえるように言ったのでハラハラする。

空いているベッドを指して「このベッドにいたおばあちゃんは
96歳やったけど、リハビリ頑張って老人ホームに帰りはった」
と教えてくれたおばあちゃんのお顔をよく見ると、この間、杖を
つかずに廊下を歩いているところをドクターに見つかって叱られ
ていたおばあちゃんだった。
「ちょうどおこられているところを目撃しちゃった」
「そや。さっきはスリッパで歩いていて、また見つかってん」
大腿骨を折って、まだしっかり歩くことができないのに、
リハビリ用の靴ではなく、子供が大人のスリッパを履いている
みたいに、自分の足よりもたっぷりとかかとが余っているスリ
ッパでトイレに行ったり、電話を掛けに行ってしまうらしい。
「いちいち靴はくの、めんどうやしな」
このおばあちゃん87歳。

「付き添って面倒みているのは、どこも実の娘でんな」と、
お隣のおばあちゃんに話しかけているおばあちゃんは88歳で
入院5ヶ月目だそうだ。
嫁との間に何かあるのかと思わせるような発言だ。
オールバックがりりしくて、一瞬おじいちゃんが混ざっている
のかとドキッとしたが、女だった。
長い入院生活で髪の手入れだって大変なのだろう。
ならいっそうのこと、という訳だ。

「あのお方は耳が遠いさかい一方的に話しよりますねん。
話終わると同時にコトッと眠りはるよって羨ましいです」と、
話しかけられた方のおばあちゃんはクスクス笑っておっしゃる。
83歳、そのお顔のあるベッド周りは、ぐるりとぬいぐるみの
お人形で埋まっていて、どれがおばあちゃんのお顔なのか、
まじまじ見ないことには判断がつかなかった。


なんだって私、年齢ばっかり訊くのだ。
こんな不躾な変な女の出現にもお気を悪くされることなく、
おやつまで下さり、帰り際には「また遊びにおいで」と
手を振って見送ってくださった80代のおばあちゃん達。
骨折して、手術をして、入院当初は付きっ切りだった家族も、
日が経つにつれてたまにしか顔を見せなくなったりして
さみしい思いをされることもあるだろうに。
それでも数ヶ月の入院生活に耐えて、逞しいんだな。





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