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2006年12月07日(木) 狂言と、冬を感じた夜



 今回狂言を観に行こうかどうか少しためらいがあった。
先回の狂言観劇で観世会館でちょっと嫌な思いをした。
どうしようもない馬鹿を見たからである。
二階の特等席でたん譚のための指定席がある。いつも家人とそこの席に座る。(但し、他人様が先に陣取っておられると自動的にその他人様の席になる)
 先回いつものように二階の指定席に向かい扉を開けると、いつもと空気が違う。八割がた席が埋まっており我が指定席もすでになく、仕方が無いのでいつもの席の何列か後ろの席におとなしく二人して座った。
ところが何だかざわついて妙な活気がある。やっぱり空気が違うので不思議でたまらず、前に座っているお嬢さんに「今日は何ですか」と聞いたらポンタラ(忘れた)キャリエールとかいう専門学校の授業?の学生達であった。
今時「狂言」鑑賞なんざ見上げた学校だと思ったが甘かった。
始まってからも、ざわざわ五月蝿い。他に目をやると、すでにこっくりこっくり船をこいでいるのがいる。
甚だしいのは男の学生で、こやつは、二階の最前列(たん譚の指定席)にいて、ひょろ長い足を前の手すりに投げ出し、しょっちゅう動いてごそごそする。

 狂言はその大半が古語で語られるので、前説を良く聞いておかないと,ほとんどその面白さがわからないだろうに聞いてなかったのかすでに匙を投げて耐えている風なのがよくわかる。真摯に受け入れる気持ち、学ぼうと言う気持ちが端から無い。
 途中休憩のときに、こやつは外の休憩場で、「出席したんやからもう帰っていいか」と先生だか引率者に迫って、聞き入れられないとなると後半長い足を無作法に折り畳んで、しばらく静かになったと思ったら、すやすやお眠りになっていた。嫌なら堂々と欠席すれば良い。そうまでして単位がほしいのか。
学校としては、教養として見せたいと思ったのかどうか、そうだとしたら、はっきりいって遅すぎる。子供の頃に見せるのが一番良い。出来たらテレビ的な笑いを知る前に。

 たん譚は、小学校の時に学校から観に行って、あまりのおかしさに「瓜盗人」という題名まで覚えていた。この経験が無かったら多分現在金だしてまで行っていない。殆ど言葉遣いなぞ解らなかった筈なのに深く心に残り、後年精神的余裕が出来たときに、ふとあの笑いを思い出し訪れ以後病付きとなった。

 今回の曲、「萩大名」に見る馬鹿大名の妙は、テレビの餓鬼相手の馬鹿殿とはちがうのである。
テレビのそれを見て育った子は即物的な笑いしか体得出来ていない。頭を使って考え無くても良いように出来ている。
何で大名は和歌が苦手で太郎冠者に教えてもらうはめになるのか。これは時代を考えないと解らない。昨日までは農民だった奴が武勲を立てて今日大名になる世の中で和歌がはやっており、他家の庭を愛でて和歌を詠むその時、にわかの成り上がりではまず無理である。 
三十一文字と言ってみても何の事か解らない。そこでお付きの太郎冠者が脇から、先きに交わした符丁で合図してみても、馬鹿な大名は全て取り違へ、庭の亭主が失笑する、こちらもくすくす笑う。
「人のやる事は今も昔も変わらんなぁ」という事を楽しむのだ。ただのどたばたや即物的な笑いは飽きられる。

 で今回の狂言、茂山童司が上手くなっていた。安心してみられた。最後の曲の「*止動方角」で今回初めて見た、馬役の(終始顔は見えなかったが)馬とは思えないぼさぼさ頭の馬を演じた井口竜也が良かった。妙な存在感があって、もの言わずなのだが何だかそこはかと面白い。
 満足して帰ったその深夜三時頃、水を浴びたらとても冷たく今年初めて冬を感じた。そのまま素っ裸で庭に出てしばらく雲ない夜空に青く煌煌と照る月を見ていた。
庭の寒暖計は三度を指していた。人の世は移って行くが、人のやる事は月と同じで変わる事が無い。



*「止動方角(しどうほうがく)」…どう(動)どうと言えば馬はとまり、し(止)・しと言えば馬は動く。なぜか反対の意味になっている。暴れる馬をなだめる時に止動方角止動方角と唱える。










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