今日梨奈を迎えに行ったら、ちょうど韓国人のアネスがいて、「2、3日前に浴衣を着ていたのは、何か特別行事があったの?」と聞かれたので、この前の月曜日のクラスのアクティビティーのことを話した。
オクラホマに来て初めての浴衣で、日曜日に浴衣を出した時に、濃い目の緑地のものか白地のものかどちらにしようかと思案したが、この時期に白はちょっと早すぎるかなと思って、緑地のものにした。
緑地のものはフロリダに行く前に買ったもので、白地のものはニューハンプシャーにいた時に、母の知り合いからもらった。もう一枚もらったものがあるのだが、浴衣地じゃないんだよなぁ。あれは何か聞いてみないといけない。それで、一番よく着たのはフロリダ時代で、ニューハンプシャーでは多分1回、オハイオでは着る機会が意外となかった。
浴衣で思い出すのは、やはり一番よく着たフロリダで、最初に行った語学学校の学期の最後にあったインターナショナルディナーだ。インターナショナルディナーでは、それぞれの国の食べ物を持ち寄るのだが、日本人としては浴衣を着るいい機会だった。
12月でも日中は暖かく、浴衣でもまだ寒くないぐらいの気温だったのだが、それが終わるころは少し肌寒くなっていた。
寮に帰る同じ方向にちょうどネジャーティも一緒に歩いていたので、寮に着く前だったか、着いた時だったか、私が途中で何回かつってしまった足先をマッサージしてくれたのだが、何の気兼ねもなしに平気で足をさするネジャーティって何者?と、戸惑ってしまったのを覚えている。多分同じ状況で日本人男性はそんなことはしないでしょうって・・・。
その時は本人も友人として介抱してくれたのだが、アメリカに来てまだ数ヶ月だった私は、肌に触れられることに抵抗感がある典型的な日本人の図だった(今も現在形かも)。
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