まいぺーす日記
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2002年05月05日(日) 弟が来た

今日は 弟が家に来た
奥さんがお葬式に行ってるとかで
せっかくの連休だし うちに1人帰って来たのだ
1〜2ヶ月に一回くらいのペースで帰ってくる
なにするわけじゃないんだけど 俺の部屋でテレビゲームしたり
テレビ見ながらゴロゴロして帰っていく
弟が帰ってくると うちの親は元気になって
お土産に持たせるものとか 食事の用意とかはりきる
あとは近況報告を弟に聞きたかがって 質問攻めにしてる(笑)
弟はというと 新しく俺が買った野球のゲームのやりかたを
俺に質問攻め「おい なんか母さんが聞いてるぞ」って俺が言うと
「なに〜?」って隣の部屋に返事して 向こうが何か言うと
「そうだよ〜」ってそればっかり返事してる
会話になってない 弟はゲームに集中したいのだ``r(^^;)ポリポリ
弟が結婚する前は いつも家にいたから
お兄ちゃんって呼ばれるの普通だったのだけど
結婚してからは 家にお兄ちゃんと呼ぶ人がいなくなったので
やたら一日にお兄ちゃんお兄ちゃん言われるとなんか変な感じ(笑)

弟に野球ゲームの動かし方とかコツを隣に座って説明したたのだけど
「バッターの前にある薄い赤い色の枠があるだろ?
それがバットの届く範囲なんだよ 
そこに球がきた時×ボタン押せばバット振るから」って説明したけど
弟は「枠ってどこ?」って俺に聞く
ちょっと心の中でしまったなって思った
弟は色盲で 色が俺とかが見てる色と違う色に見えてるのだ
特にそのゲームのバッターの枠は色が薄めの透過型の赤になっていて
弟にはその枠の色が見えてないらしい
「そっか 色薄いから見づらいよな 俺もこの枠色薄いし
いつもほとんど見てないで球だけ目で追ってるんだよ」って
ボールは見えるので ボールを目で追ってやるように説明した
本当はバッターの枠見えないと 打つのかなり難しいんだけど
なんとか弟は器用にこなしてた(^ー^)

色がわからないってどういう世界なんだろう
なんか小さい頃から 絵を書くとなんじゃ??って色で絵を書いてた
ドラえもんの絵を書いても 木の絵を書いても
絵は上手いのに 色だけはなんで?って色だった
親もあちこちの病院や治療探した
すごい貧乏だったけど 弟の目のためだったらどこにでも連れて行ったし
高い治療する場所に 東京まで何回も何十回も行った
耳から電気流すような治療で 痛いみたいで40度の熱だしても
まぶたが取れちゃいそうなほどまぶたが切れた時にも平気な顔してたのに
その治療するときは 痛いらしくいつも泣いてた
俺も一回やらしてもらったけど1秒ではずしてしまった
目から火花でそうだった``r(^^;)ポリポリ
けど遺伝だから治らなかった
それからは 親はその頃の文房具屋にあるかぎりの色のクレヨンを買ってきた
クレヨンケースだけもかなりの大きさのケース
その中には ほんの少しづつ色の違うクレヨンがたくさん入ってた
クレヨン巻いてある紙に 色の名前が書いてあるの
世の中の色の名前が青は青って名前だけじゃなくて
こんなにもたくさんあるんだってその時知った
親は そのクレヨン弟に見せて「これは 何色?」っていつも聞いてた
でも小さい子供なりに色の名前は たくさん覚えたけど
間違えやすい色はいつも決まっていて だめだった
俺はというと そのクレヨンでいろんな色使って
絵を書きたくてしかたがなかったけど
なくしたり 折ってしまったりするとダメだからって
使わせてもらえなかった
親が何色?って弟に聞いてるときには 俺は色わかるから
横で聞いてて すぐ弟より先に答えちゃって よく怒られた

世の中には 色がいっぱい
空だって海だって花だっていろんな色がある
大事なものにも色がいっぱい
例えば 信号や標識・非常口・電気の配線・地図や路線図とか
そういうのが もし色わからなかったら大変だよね
実際 就職の時筆記試験面接も受かったのに
目のせいで健康診断で落とされたり
教習所の色覚検査で断られたり いろいろ苦労してる 
俺には どういう風に見えてるのか わからないのだけど
弟はいい性格で大きくなったし我慢強くてて偉いと思う


とも