まいぺーす日記
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今日は 肩の荷が一つおりた気分 親父の事故の示談が今日で終わったのだ 去年の6月 原付乗ってるところ 運送会社のトラックにはねられたのだ 両親が離婚してから ずーーっと何年も親父と会ってなかったのに なんか夜の10時すぎに病院から電話かかってきて 事故で怪我したから来てくださいって言われたので しょうがないなぁたいしたことないだろうけど行ってみるか程度で 病院に行ったら 意識不明で肺も両方潰れていて呼吸もできないで 死にかけてた 何年かぶりにあったらこんなかよ!って思うまもなく 警察から質問攻め 潰れたヘルメットと血だらけの服渡されて 事故の説明と関係を聞かれた 電話番号が財布の中にあったから とりあえず電話したんだって あまりに俺が冷静なので 警察も最初親子じゃないと思ったみたい 警察と話してるうちにも看護婦さんと医者がドタバタ治療室から 行ったり出たり戦場の病院みたいだった しばらくすると 親父がタンカに乗せられて治療室からでてきた どうやらこの病院では治療しきれないほどらしい 救急車で運ばれるような大きな病院なのに治療できないってことあるのか?って 思ったが 乗ってきたバイクで 救急車のあと追っかけて走った かなり有名で大きい病院についた そのまま親父は 救命救急の部屋に入ったまま朝まで医者も出てこなかった ずーっとドラマみたいに 誰もいない待合室で待ってるうちに朝が来た 医者が出てきた 「ご家族の方ですか?こちらへ」って レントゲンがたくさん飾ってある部屋にとおされた 「2〜3日がやまです 3日持てば かなり助かる可能性は高いですが 覚悟はなさってください できるだけのことはしますから 肺が両方潰れていて ろっ骨もほとんど全部内側に折れてます 背骨も折れていて片側半分の骨もあちこち折れてます 内臓も 肝臓が内部破損しています 頭への損傷は少ないですが意識が戻らないと 脳への被害は わかりません」だって 大変なことになってきたなぁ・・・ それから3日 親父は大丈夫だった だけど 救命救急の部屋からはずーっと出れなかった 隣のベットもその隣のベットも 今にも死にそうな怪我してる人が 並んでる 機械つけられてただ機械の力だけで生き長らえてるって感じの人たち 次の日いくと もう亡くなっていて別の人がいることもしょっちゅうだった それから1ヶ月くらいのうちに 親父はしゃべれるようになったのだけど 薬のせいか 頭の打ち所がわるかったのか わけのわからんことばかり言う 「天井に目がたくさんある」とか「今日ばあさんが見舞いにきた」とか 「昨日の夜会社に行ってきた」とか ちょっとあせった あのころは ちょっと個人的にもいろいろあって 結構へこんだ だけど あれから1年以上たって 今の医療の力で 親父は自分でヨロヨロだけど歩けるようになった 頭も大丈夫で すっきりはっきりしてる いいかげんさと頭の悪さは もともとだから治らないけど 乱暴さはなくなった 弱弱しくなった
事故おこした運転手さんは 会社辞めてしまったらしい なんかあやまりに来た時 家族もいるって言ってたし まだ 若いのに 人生変わってしまってかわいそうだなって思った お互い様って感じだと俺は思うんだよなぁ 親父は運転荒いし 事故の現場見たわけじゃないけど どっちも悪かったと思うんだ
それで1年以上 相手の運送会社のたてた保険屋さんと 示談進めてきて 俺もはじめての示談や事故の交渉だったので 本読んだり 警察に通ったり 市役所行ったり いろいろ勉強した 弁護士頼むと弁護士料がかかるので いろんな判例や障害等級の金額や 損失利益の率とか考えて計算して お互い損しない程度で示談がまとまった まぁ 弁護士使えばもっと貰える可能性もあるとは思うけど 弁護士料かからなかった分でチャラだなぁって思って 親父もその金額で いいやって言うしな ということで 示談の金額考えるのと交渉は1年以上かかったけど 今日で とりあえずおしまい また親父の体が悪化しないかぎりね 今のところはそれはなさそうだ すこし肩が軽くなったぞ(^ー^)
とも

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