日々言葉記録...しるこ

 

 

価値観 - 2006年10月28日(土)

ちょっと内容が重いので、読まないでとばしてください。自分の気持ちの整理のつもりです。

人それぞれ、価値観っていうのは違う。
それは育った環境や体験やそういったものによるんだろうけれど。それが国が違うとなるともっとやっかいだ。
私もそうだけれど、人はなんでも自分の価値観で物事を判断する。
たとえば同じ日本という国に育ったなら、価値観の違いでも「あ、この人とは価値観や考え方が違うんだな」と理解ができる。それが違う国の人同士だとただ「価値観の違い」だけでは片づけられないことが多く存在する。

たとえば日本人の私から見れば、当たり前のように見えることでも、韓国人の友人から見ると「それはおかしい」という判断になることがある。そして同じように「韓国はこうだ」といわれても、日本人の私から見たら「それは絶対おかしい」ということもある。
でもそれを言い出したら実は話はずっと平行線のままだ。
それは、日本と韓国はむしろ小さいのだと思う。私の常識ではとうてい考えられないことが、ある国では「普通のこと」として存在するのだろう。

それを、自分の価値観と違うからといって「間違い」だと言うことはできないと思う。その人たちにとっては「正しいこと」「普通のこと」なのだから。

自分の持っている価値観や常識と違うからといって簡単に否定や批判をすることが最近多い。自分たちと違うということを主張し述べることは悪いこととは思わないけれど、だからといって批判するのは筋が違っているような気がする。

私は2年ソウルに住んでいた。その時、多くの日本人が「なじめない」と苦しんでいたのを見ている。似ているようで実は日本と韓国はまったく違う価値観を持つ。いつまでも日本の価値観を捨てられないでいると「住みにくい国」と感じてしまう。それは日本人に限ったことでもないし、韓国に限ったことでもない。
2年住んだが、それでもそのときにわかり得なかったこととして、未だにたくさんの驚きと発見がある。

価値観を捨てるとか変えるとかいうのではなく、「価値観が違う」ことをまず知ること。そして理解する必要はないけど(理解しようとすると逆に疲れるし)、受け入れる度量は必要なのかもしれないと思う。
世の中それができていれば、戦争なんて起きないよねぇ。

久しぶりに長期で韓国に滞在し、多くの韓国人の友人たちと長い時間を過ごながら考えたことだ。忙しいけれど、考える時間はありすぎるほどある。
私は何も語っていないけれど、韓国の友人たちが本音で語り、本気でつきあってくれていることに、怒ったり泣いたり笑ったりしつつ感謝したいと思う。


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