ある日のチャンギ - 2003年03月18日(火) その日、私はシンガポールにいた。 半日観光に参加するため、朝早く起きて、眠い目をこすりながらバスに乗った。ガイドさんが一番に口にしたのは、「アメリカが今朝7時に爆弾落としました」だった。 始まりそうだ、いや、まだだ、という連日のニュースを耳にしながら、予定通り出かけたシンガポールだった。 半日観光が終わって、バスを降りて一番最初に買ったのは新聞。トップページは、爆弾が落ちて雲が高く地上から立ち上っている写真だった。地元の人たちは新聞を手に普段の生活に戻る。私たちも新聞を手に、ふつうの観光客に戻った。当時世界は裕福だった。 シンガポールの町はいろんな人種の人が住んでいる。それぞれお互いが尊重しあい、平和に暮らしているという印象を持っている。Tシャツに短パンを着た女性とイスラムの民族衣装を身にまとった女性がごく当たり前に並んで談笑しながら町を歩いている。戦争が始まってもその光景は変わらなかった。 帰国の日、飛行機が飛ぶか飛ばないかそのときになってみないとわからない、といわれながら、空港へ行く。私たちの乗る飛行機は定刻通りの出発になっていたが、あの広いチャンギ国際空港が閑散としていた。西側と北側へ飛ぶフライトがすべてキャンセルになっていて、とうぜん客なんていないのだ。 サテライトにいっても、ほとんどの搭乗口に「フライトキャンセル」の文字が並び、人っ子一人いない。自分たちの会話だけが響くのではないかと思われるほど、静かだった。 このときからすでに10年以上経過しているけれど、この光景は今でも忘れない。 なんだか、さっきから涙が止まらなくて、お風呂の中でも理由がわからないけれど、涙が出っぱなしになっていて、この時のことが頭に浮かんできて、どうしようもなくなった。 ...
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