comfortable diary



「頑張って。」

闘病、介護などで頑張っている人に「頑張って」と言うのはタブーだと
いうことをよく聞く。今でも精一杯頑張っているのに、これ以上どうやって
頑張ればいいのと思うからだそうだ。

でも今日わたしは、そういう人に「頑張って!」と言ってしまった。
いや、もうそれしか言葉が見つからなかったんだ。

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Mさんは、わたしの父と同じ大腸癌だった。父と同じぐらいの年で、父と
同じぐらいの背格好で、いつもニコニコ礼儀正しい方だった。
Mさんの医療費の相談を受けてから、Mさんはその手続きのときはわたしを
指名して下さるようになった。

いつだったか「これは必要書類ですから」…と、封筒に入れたロイズの
チョコレートを差し入れしてくれたことがあった。患者さんからものを
受け取ってはいけないことになっているといくらお断りしても、
「必要書類ですから…」と奥様と頭を下げるものだから、こちらも折れて
「では承ります(*^-^*)」と秘密の微笑を交し合ったりもした。
穏やかで紳士的なMさんがわたしは大好きだった。

Mさんは病気が再発して、入退院を繰り返していた。
カルテを見ると、副作用で食べ物の味が全くしなくなったり、免疫力低下の
ために口内炎に悩まされたり、相当辛い治療をしているにもかかわらず、
たまに廊下で会って「Mさん、調子はいかがですか?」と問うと、
「まぁなんとかやってます」とニッコリと微笑むような、そんな方だった。

それが今日。

Mさんは奥様に付き添われて、外来受診にやってきた。
もう自力では歩けないぐらいの衰弱振りだった。
わたしはMさんと会話をするのがイヤで、わざと仕事に没頭しているフリを
した。耐えられなかったのだ、Mさんのそういう姿を見るのが。

Mさんと話をすることなく時間が過ぎた。
Mさんの会計が回ってきた。Mさんはもう動けないので、奥さんが窓口に
やってきた。会計担当の子となにやら話をしていたのは見ていたが、
わたしはまた逃げた。見ないようにした。本当に本当に怖かったのだ。

すると奥様がわたしを窓口から呼んだ。
前から相談に乗ってた医療費の話を少しだけして、そのあと奥様は今にも
泣きそうな目でこうもらした。

「もう手の施しようがないんですって。でも入院もさせてもらえないの。
 わたしも介護は初めてだし、精神的につらくてつらくてわたしのほうが
 倒れそうなの…。どうしよう、どうしよう…!」

わたしはそのとき思わずこう言った。
「奥さん、頑張ろう。奥さんが頑張らないと!」

奥様は後ろで待っているMさんを潤んだ目で見つめ、
「そうね、頑張らないとね」と涙を拭いて帰って行った。
Mさんはそんな奥様の様子を、じっと見つめていた。
どんな気持ちでそのやりとりを見ていたのか。

でもわたしは最後までMさんと目を合わせることができなかった。
脳に転移した癌のせいで、歩行がほとんどできなくなったMさんに、
今までと同じように接する自信がなかったから。

…違う。

たぶん泣いてしまうからだ。
Mさんの目を見たら、絶対に泣いてしまうから。
職員として、それは絶対にできないと思ったから。

嘘を吐くことには慣れたはずだった。
自分の病気を知らない人には、それなりに嘘を吐かなきゃならないことも
ある。Mさんは自分の病気を1から10まで知っているけれど、それでも、
わたしは最後の嘘である笑顔を作れなかった。

人間まだまだだなぁと思った。自分の未熟さや自分勝手さに悲しくなった。

でも奥様に言った「頑張って」の言葉は本心だった。
確かに酷な言葉かもしれないけれど、でもそれ以外に言葉はどうしても
見つからなかった。
頑張ろう。頑張って。そう言うことしかできなかったんだ…。

患者さんにこういう気持ちを持ったのは初めてだった。
どんなに通院歴の長い患者さんでも、やはり職員は一定の距離を置いて
接している。そのせいで、今まで患者さんの死を悲しむことはあっても
これほど揺さぶられることはなかった。

どうしてかな。
どうしてMさんのこととなるとこんなに苦しいのかな。

Mさんは今も闘っている。
奥様と一緒に、癌というにっくき悪魔と闘っている。

だからわたしも頑張る。
次に外来に来たときは、自分から話しかけよう。
ニッコリ微笑んで「おはようございます!」と大きな声で言おう。
わたしなりの精一杯の嘘を吐こう。

だからMさん、頑張って。
このままいなくなったらイヤだからね。頑張って。頑張って。



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2006年07月04日(火)




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