comfortable diary



老いを考える。

つらつらと考える。

どちらの苦しみが大きいのだろう。

生まれたときから目の見えない人と、徐々に見えなくなった人。

生まれたときから見えない人は、一度でいいから世の中をこの目で
見てみたいと思う。赤という色がどういう色をしてるのか、この目で
確かめたいと思う。
徐々に見えなくなった人。失われていく視力の恐怖に怯え、
わずかな光も感知できなくなったとき、あの美しい海をもう
見られないのか、愛する本をもう読めないのか、と嘆き悲しむ。

どちらの苦しみが大きいのだろう。

見えないのが当たり前になっている人と、
見えていたのに失われていく人と。

聞こえないのが当たり前になっている人と、
聞こえていたのに失われていく人と。

職業柄、身体が自由にならなくなる病気の方々をたくさん見る。
表情がなくなり、動作が緩慢になり、手指に力が入らなくなり
車椅子になり、寝たきりになっていく。

自分ならきっと耐えられないと思う。
徐々に失われていく人間としての機能。日毎に増していく焦燥感。
取り残されているような孤独感と、それによる疎外感。

最近『老い』ということをよく考える。

耳が遠くなったばぁちゃんや、杖なしでは歩くことのできない
ばぁちゃん、動作が遅くてごめんなさいと何度も何度も謝る
ばぁちゃんや、手が震えてお金を出せないばぁちゃん。
ちょっとでも似た名前を呼ばれるとその度に「わたしのことですか?」
と聞きに来るばぁちゃん。ボケが入っていて、何度も何度も診察券を
失くすばぁちゃん。頼る人もいなく、たった1人で入院してきて
そしてたった1人で死んでいくばぁちゃん。

最近、すべてのばぁちゃんがわたしとダブる。

わたしが毎日出勤する職場には、まぎれもなく未来の自分が
そこにいるのだ。

老いを気にするにはまだ早い。たぶん早い。
けれど時折聞こえるのだ。ヒタヒタと迫り来る得体の知れない足音が。

どちらの苦しみが大きいのだろうか。

老いを危惧する人と、既に老いてしまった人と・・・。



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2005年06月09日(木)




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