夏の思ひ出。
8月1日から函館、港祭りでしたの。 花火ありーの、3万人パレードありーの、夜店ありーの。 最終日の昨日、仕事帰りに夜店に行ってきたよ。 お金を下ろすのをすーーっかり忘れていたので、ミニーちゃんに 「お小遣いよ」と1000円札を渡されました。どひゃー。
それはそうとパレードになるといつも思い出す出来事がある。 今日はそれを書こう。
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今でこそ3万人パレードだけれど、昔は1万人パレードと言った。 路面電車道路を通行止めにして、市民1万人が踊りながらパレード して歩くのだ。今の「いか踊り」(≧m≦)の先駆けとなるもの。 5歳になるかならないかの私は、母と弟と一緒にパレードを見に 行っていた。
デパートの屋上から舞い散る紙吹雪がキレイでキレイで、 桜田淳子が「わたしの青い鳥」を歌っていたときに被っていた ような帽子で、懸命に紙吹雪を受け止めていた幼いわたし。
夜空に舞う紙吹雪がまるで雪のようだなぁと思ったことを、今でも 鮮明に思い出す。
紙吹雪の魔法から醒めたわたしは、さっきまで横にいたお母さんが いなくなってしまったことに気がついた。沿道は、パレード見物の 市民でごった返している。
「お母さん、お母さーーーん!」
呼んでも呼んでも、お母さんは返事をしてくれない。 大声でわんわん泣いた。お母さんがいないの。いないの。
おまわりさんが私を見つけた。 おまわりさんは「お母さんとはぐれたの?」と私に話しかけ、 泣きじゃくる私を抱き上げた。
そして、「この子のお母さんはいませんか!?」と沿道を一緒に パレードしてくれた。わたしは心細くて泣くばかり。
結局、母は見つからず、私は駐在所に連れて行かれた。 知らないおじさん(おまわりさん)に囲まれてとても怖かった。 おまわりさんは一向に泣き止まない私に、棒つきのアメをくれたり どうにか笑わせようと面白い顔をしてくれたりした。
だけど私はその誘惑に乗ってはいけないと幼心に思っていた。 わたしは母に会いたいのだ。でもわたしは母に置いて行かれたの? もう逢えないの?たーちゃん(弟)にも逢えないの? 絶対笑うもんか。そう決めて、わんわん泣いた。
どのくらい待ったかはわからないけれど、そこに母が飛び込んできた。 いなくなったバカ娘を探して探して、最後の望みをかけて駐在所に かけこんできたのだった。
「お母さんっ!」
抱き合って泣いた。お母さんもわんわん泣いた。
昔から私はアホなくせに、大人と同じことをしようとするオマセな ところがあったらしく(汗)、それゆえ母は、私がバスにでも 乗ってしまったんじゃないかと、それはそれは心配したそうだ。
ホントにもう、そうゆーところはまったく変わってない。 落ち着きのないところも、しっかりしてそうで、そういうポカをやるところも。
あの頃は、お母さんが全てだったなぁ。 いつから私は、母親に相談もせず、自分ひとりで何かをするように なったのだろう。昔から、自分は大人だと思い込んでるような子供 だったけれど、だけどいつだってわたしは母親の掌の上にいたはずなのに。
・・・なんだか書いてて、泣けちゃった。>照。
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