父のメモ。
昨日家に帰ったら、母はもう寝ていた。 父は美智子さまのテレビを観ながら、ひとりで晩酌していた。
「メシ食べたのか?」
「ううん、まだ」
テーブルの上には、あたし用の冷えた小さな丼が乗っていた。 温めることなく、一口食べる。
あ、美味しい…。
初めてみた丼だった。 鶏を醤油で甘辛く煮て、白米にそのタレをしみこませる。 その上に、ものすごく細く切った(というよりも、スライサーで削った ような)とろろ芋をゴハンを覆うようにかけ、煮ておいた鶏を乗っけて 白髪ネギをちらして出来上がり。
醤油のタレがゴハン滲みてて、とろろ芋と溶け合っていた。絶妙。
父の薬をもらってきたのでお金のやりとりをしたあと、一言二言話し、 あたしは自室に戻った。父はそのあとも美智子さまのテレビを一人で 観ていた。
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温かいものが飲みたくなったので、珈琲を淹れに居間に降りる。 父はもう寝たらしい。
食卓テーブルには、父用のでかい丼が置かれたままになっていた。 丼のふたのところに、メモがついていた。
「今日はうまかったが、少し多かったのでのこす。」
父の字でそう書かれていた。
父は口下手で、母の料理を褒めたたりすることは滅多にない。 美味しくても不味くても、何も言わずに食べる。 本を読むのも、字を書くのも大嫌い。
そんな父が母に対し、そんなメモを残していた。
きっと凄く美味しかったんだと思う。 口に出すのが照れくさくて、そして残してしまったことを申し訳なく 思って、メモを書いたんだろう。
なんだか気持ちがほっこりした。 思わず顔がほころんだ。 あたしはやっぱりこの不器用な父が好きなのかもしれないと思った。
あたしが子供のころはケンカばかりしてた両親が、年をとるとともに 丸くなった。夫婦とはそういうふうに形を変えていくものなんだろう。
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今日そのことを弟に話したら、笑ってた。
「オヤジらしいな」
最近、オレもだんだんオヤジに似てきたよとボソリと呟くその顔が なんだか嬉しそうに見えた。
きっと父がこの世からいなくなったときに、思い出すのはきっとこんな 些細なことなんだろう。 電気のつけっ放しが大嫌いなくせに、私がお風呂に入っているときだけ、 居間の電気がついたままになっていたり。 いつの間にか、あたしの部屋のストーブに灯油が満杯になってたり。
最近、父のそんな不器用さが身に沁みる。 長生きしてね、父ちゃん。
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