日々の泡・あるいは魚の寝言

2005年02月16日(水) 原稿を読む

☆郵便局に行く用事があったので、そのついでに、創作教室の生徒さんたちの原稿を持って、家を出ました。
ちょっと集中して読みたかったので。

☆途中で、ふと、アカネヒメ5の、物語の中の言葉の使い方について(というか設定というか)、ひとつどうしても気になるところが出てきて、岩崎Sさんと電話で相談。
もう青焼きでの直しになってしまうけど、やはり直そうということに。
ごめんなさい、Sさん…。ほんと、もっと早く気づけば良かったです。

☆そうして、電話を切って、また歩き始め…。
私は海のそばの複合商業施設に行き、一階のスターバックスで、ずっと、夜になるまで、原稿を読んでいました。いつか、雨が降っていました。




窓からの眺め。なんてことはない、ただの裏通りの景色ですが、光の具合がきれいだなあと思って、しばらくみとれていたのでした。
雨の夜は、美しい。

☆今日は初めて、F901iCと一緒のお出かけでした。
帰りがけ、長崎駅前のampmで、Edyをチャージっていうのかな、入金してみました。とりあえずは三千円。しゃららーんという音とともに、お財布ケータイになった901iCなのでした。電子マネーを、金曜日からの旅行で使う予定。

☆創作教室の生徒さんたちの原稿は、今回、どれもレベルが高く、読んでいて胸を打たれたり、うまいなあ、と尊敬したり、切なくて涙ぐんでしまうような作品もありました。
でも、何が嬉しいって、みんな「上手になっている」というところで、私は一番、感動してうるうるしてしまうのでした。

言葉のやりとりで、教室での語り合いで。
本当に意志は通じるものなんですね。心と心は、いいたいことは、通じるものだったんだ…。
そしてみんな、変わっていくものなんだ。
ううん。かわってゆくその姿は、本当はあらかじめその人の中に眠っていて、それがひょこっと表に出てきたんだ。
どうやら私はそのお手伝いをしちゃったんだろうか。
なんかその、きっかけのひとつくらいにはなったのかもしれない。

…なんて、ひとりで感動していました。熱いカフェモカを飲みながら。

ほんと、いいお仕事でした。
最後の授業の日が、もうすぐやってきます。

☆DREAMS COME TRUEの「何度でも」を買いました。
「救命病棟24時」の主題歌の、あの曲です。
昨日の放映分で、小島先生の恋人が、哀しいほどあっけなく死んでしまうシーンがあって、「ああ、ほんと、こんなふうに人は死ぬんだよなあ」と、ぽろぽろ泣きながらみていました。
いろんな人や動物が死ぬところにたちあい、あるいは死んだあとの人たちの姿を見てきて、本当に不思議になるのが、「死」の前とあととの、くっきりとした断絶です。
死ぬ前までは生きているのに、ある瞬間から不帰の旅にでてしまう。その瞬間が、その絶対性が、いつも不思議でしょうがないです。

ただ思うのは、命を大事にしたいというそれだけのこと。
これは壊れ物だから、大事に取り扱わないと。

「救命病棟24時」で、最後の歌がかかるシーンで、新宿駅から、都庁方面に向かう夜景が映ります。イントロのあたりで流れている、ほんのわずかの間の夜景。上から見下ろした、鳥か神様が見ているような夜景。

でも、あの「一瞬」の距離は、あそこで映ってすぐにすぎ去ってゆく情景は、私が都内にいるときに、何度もくるくる歩くあたりなんです。
私が音楽をききながら数千歩も数万歩も歩いて、すすんでいる地上の道を、ふわりと一瞬でなでてゆくカメラ。
その「ふわりと」した感じが、なぜだか人生の軽さと儚さを感じさせて、でも、その儚さが、私は嫌いではないのでした。

人の命は儚く、でも、そのたくさんの儚い命をつないで、人の歴史はできていて、都会の高層ビルは高くそびえてゆき、星のように、夜景は輝くのです。


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chayka [HOMEPAGE]