日々の泡・あるいは魚の寝言

2004年10月10日(日) 未来の種

☆姪っ子の幼稚園で、運動会があったので、見学に行きました。
朝から行きたかったのですが、早朝から頭痛がひどくて、昼過ぎに、遅れて到着しました。でも、心優しい弟一家は、料理上手な奥様のお弁当をとっておいてくれたので、しみじみと堪能いたしました。手羽先の唐揚げ旨かった…。

秋の空の下食べるお弁当というものも、ほんと幸せな味ですね。
自分自身は、運動会から遠く遠ざかってしまったのですが、姪っ子のおかげで、懐かしいイベントの見学ができて、ありがたいです。

ちっちゃくてかぼそい、同じような大きさの園児たちが、色とりどりの帽子をかぶって、整列したり踊ったりしている有様は、エンドウ豆とか大豆とか、そういう小さなかわいらしげなものが転げているようで。
ほんとに、愛らしい情景でした。

でも、ふと、あの小さな一人ひとりが、これから先、長い人生を生きて、大人になっていくんだよな、と思うと…
それだけの人生が、あの運動場に集まっているのだな、と、思うと、ちょっとめまいがしました。空が青すぎたからかもしれません。

ちっちゃくてちまちましたあの体に、すでにして、ひとつひとつの魂があって、それは小さく縮んでいて、これからほどけるようにのびてゆくものだと……そう意識してみると、子どもたちの一人ひとりが、未来の種のように見えました。

☆家に帰ってから、童心社さんから届いたばかりの、「炎の少女」の愛読者カード第1号!を拝読しました。
九才の男の子だというその子は、燃える思いを、はがきの記入する欄からはみだすようにして、綴ってくれていました(ありがとね☆)。

せいいっぱいの思いを、鉛筆で、一生懸命に書いてくれているこの子も、あと十年たたないうちに、大学受験するような年になっています。
そのころには、もう鉛筆ではなく、パソコンでネットにつないで、風の丘の掲示板に書きこむようになっているでしょう。
…いや、その時にはもう、ネットは何かもっと、進んだ違ったかたちになっているのかな?
というよりも、新シェーラが完結する予定の、三年後。小学校高学年になったときには、もう確実にこの子は、大きくなって、長い文章やおとなびたユーモアなんかもおぼえた少年になっているのでしょう。
またいつか、この子と再会できたらなあ。

子どもたちは、未来の種。
知らずにほどけて、空に向かってのびていく、小さな植物の種。

私たち大人は、いつか、年取って、この世界から消えていくけれど、あとにたくさんの若い芽たちを残していくんですね。
それぞれのかたちに育ってゆくものたちを。

☆いやそれにしても(笑)、クラス対抗リレーのお父さんたち!
すごかったです。もう余興じゃないんですね、競技なんですね、戦いだ。
ほんと、みていて楽しかった。
そしてうちの姪っ子は、今日もかわいかったです。
…運動場が広すぎて、ほとんど見えなかったけど、心の目で見た(笑)。


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