昨夜、寝付けなかったので、今日の朝の目覚めは遅く、いつまでもお布団の中で、猫と一緒に寝ていました。
と。枕元に置いている電話に、岩崎書店Hさんより着信。 他の作家さんとご一緒している、怪奇アンソロジイ「平成噂の怪談」が増刷になるというご連絡でありました。
いいきっかけだったので、そのまま起きて、それが大体、11時くらいだったでしょうか?
朝が遅いと、一日にできることが少なくなってしまうので、落ち込みながら、手早く着替えて、朝食だか昼食だかのパンを食べて、街に行きました。
今月末の、お仕事がらみの上京のための、チケットを買いにJTBにいかなきゃいけなかったのです。 ついて、手続きが終わって、お店を出た時には、もう夕方も近く。
先日、通信添削が終わったお弟子さん飛鳥さんに、長い手紙を書きたかったので、私は適当なカフェを探して、街を歩きました。
すると、音楽が聞こえました。
オカリナでした。
きれいな、中南米風のよそおいの長い髪の女の人が、街角でオカリナを吹いているのです。 女の人の前には、帽子が置いてあり、足下には、小さな袋がありました。 私と目が合うと、その人は、オカリナを吹きながら、にこっと笑いました。
私は一度その人のそばを通り過ぎ、そばにあったアーケードの柱の陰で、携帯のメールをチェックするようなようすで、オカリナをききました。 その人の前で立って音楽を聴くには、私は少し疲れていたし、でも、オカリナはききたかったし。それに、街には、たまに意地悪な人もいるから、そばにいてあげようと思ったのです。
オカリナの音は、水の響きのようです。 心の隙間に、入り込んでくる、無邪気で、無防備な、汚れのない音。
その人は、即興演奏なのか、それともオリジナルの曲なのか、環境音楽のようなメロディーを、とりとめもなく風のように奏で続けました。
街の人たちは、時に立ち止まり、帽子にお金を投げ込み、あるいは、「びっくりした!」「ちょっと、勇気があるよねえ」なんて無遠慮な笑い声を上げながら、通り過ぎてゆくのでした。
私は柱の陰で、それをみて、きいていました。
「どこからきたんですか?」 「このあとどこへいくんですか?」 「あなたはどんな人なんですか?」 そんなことを、きいてみたかったけれど、きいてみるのも違う気がして。 私はただ、オカリナの音を聞いていました。
時間は過ぎ、私は、もういかなくてはならなくなりました。 女の人の帽子の中に、お金をそっと置いて、私は女の人と目を合わせました。 女の人は、またほほえんで、そして、立ち去る私の背中に向かって、新しい曲を奏でました。
Aura Leeでした。
…過ぎゆく春を 告げる鳥 いまも歌うは 愛の歌 オーラ リー オーラ リー 美しの 黄金の髪は 日にかがやく…
とても好きな曲なので、私は少しだけ足を止め、そして、最後まできくと、今度こそ、カフェに入りました。
その人が、そのあと、何時までその街角にいたのかは知りません。 そのあと、どこにいったのかも。今夜、どこに泊まるのかも。 お互いの人生の中の、ほんの一瞬だけの出会いだったんでしょう。
私は、カフェで、通信講座のお弟子さんに向けての、最後のお手紙をつづりながら、ふと思いました。
夕べ寝付けなかったことも、朝起きられなかったことも、そう悪いことじゃなかったな。 というか、そのために、あの街角で、オカリナが聞けて良かったな。
たぶん、人生全体がそんなことの連続で、悪いと思ったことも、どこかで良いことにつながってゆくのかもしれず。 だから、気が滅入る時も、落ち込むことがあったとしても、何もかも投げてしまうのは、少しばかり、違うんだろうな、と。
とりあえず、人生というのは…。
落ち込んでいる日の昼下がりに、思いがけずAura Leeをきくことができるような、きっと、そんなものなのでしょう。
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