日々の泡・あるいは魚の寝言

2004年03月27日(土) 軽く駅で迷う

今日は、お友達のうちにうまれた女の子にお守りを買うために、人形町の水天宮に行ったのですが、新宿から乗り換えてゆく途中の駅の構内を、ぼーっと歩いていたら、道に迷いました。
恐るべし、秋葉原駅。

水天宮あたりは、町の雰囲気も、お社の感じも、いつも日が差している感じで、ほんわかしていて大好きで、何度も足を運びたくなります。
麻の葉模様のベビー服と、お守りを買って、ゆったりと新宿に帰りました。

お昼は、ホテルの近くにある今半の支店のすきやきランチをいただきました。
これは前から一度、食してみたかったのが、いつもランチタイムからずれてしまうので、食べられなかったのです。
私の好みからいうと、ちょっと甘くて味が濃いけど、「これが有名な今半のすきやきなのね(ランチだけど)」という喜びを感じました。
あとは、千疋屋のフルーツを食してみたい…。
それと、資生堂パーラーのカレー!

古いエッセイにでてくる、古い東京のお店にはひかれます。
文章で読んだ情景が、リアルに立ち上がってくる感じがファンタジーみたいで、すてきに思えるからかもしれません。
古い時代の東京の、食べ物やさんミーハーと呼んでください(笑)。
文豪と呼ばれる人々がいた時代の、東京が好きなの。

えーと。
東京在住の友人知人のみなさま。
なかなか連絡とれなくて、すみません…。
東京在住でなくても、メールくださるみなさま、すみません。
一日一日の過ぎる速度が速くて、あっというまに日が暮れてしまうのです。
町を歩いているうちに。

明日は、どこかに小さなライダー版のタロットを買いに行けたらいいな、とか思っていますが、ホテルで優雅に仕事するかもしれません。
誰かに声をかけて、電話でおはなしししたり、お買い物にいくかもしれません。

…って、こう書くと、贅沢なくらい、お友達に恵まれている私なんですね。
私がそれを願えば、愛を返してくれる人々が、いつもいる。

私なんて、謙遜じゃなく実体は情けない、とりえのない人間なんですけどねえ。
なんでみんな、こんな私のことを、案じてくれるんでしょう?
「いつでも声をかけて」と、言葉を贈ってくれるのかな?

☆自分がいってほしかった言葉を、人からいただくことは何度もありました。
優しい言葉も。励ます言葉も。受容してくれる言葉も。

でも、自分の側から、誰かが喜ぶ言葉を、想像して贈るのは難しい…。
たくさんの言葉を知っていて、言葉で食べているはずの私なのに、言葉を考えるのは、意外と難しい。

心からでた言葉を、そのまま加工せずに伝えればいいのかなあ、と思いつつ、そういうものでもないよね、と、立ち止まって、都会の空を見上げてみたり。

どうして心は、そのまま相手に伝わらないのかな?
手のひらにのせて、見せてあげられたらいいのにな。

☆昨日のオカルトネタの続きですが、私の守護霊の小動物園のみなさん(笑)は、一部は私の前世のもとお友達なのだそうですが、残りは、「この人のそばにいるとなんか楽しいからついていく〜」なノリの、通りすがりにくっついてきた、動物さんたちなのだそうです…。

見える人が見れば、私の周りには、熱帯かお釈迦様の絵のように、小鳥や動物たちがたわむれ、さざめいている…って。

街を歩く私のそばで、ぴーぴーにゃーにゃーぶーぶー鳴いている…って。

想像すると、楽しいかもしれません(笑)。
動物さんたちも楽しいだろうけど、憑かれている私自身も、楽しいぞ。
まるで見えないパレードみたいじゃない?


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