日々の泡・あるいは魚の寝言

2003年02月06日(木) 人生の持ち時間

さすがにこの年になると、人生も半分はすぎちゃっただろうわけで、とくに私の場合は、自慢じゃないが体が丈夫じゃない上に、たいそうな勢いで働いているから、そんなに人生の持ち時間は多くないだろうなあと、冷静に考えています。
今日明日どうにかなるなんてことはなくても、永遠に生きる人間はいないし、この先は年老いていくばかりだから、元気なうちに、するべきことはしておかなくてはいけない。
私は、仕事や人づきあいの段取りを考えるのも得意ですが、人生の段取りも、早めに考えておくのが好きだったらしい…。

この春からは、あとで悔やむことがないように、実行できることはすべて実行しておこうと思っています。それと、いわゆる身辺整理。もう使わないものや、もっと他の人が持つ方がいいと思えるものは、すべて売るなり譲るなり捨てるなりして、古い手紙や使わない資料も捨ててしまって、さっぱりしようと思っています。
身軽になりたいなあ、と。

問題は、昔書いた原稿のたぐいなんだけど、これはやはり、捨てるしかないなあ。
二十代で書いたものはともかくとして、十代のころ書いたものや、ネタ帳は、おいておいても使いようがないので。

あとに醜いものを残すことがないように、残った人が取り扱いに困るものがないように、きれいに片づけてゆきたいと思っています。
そうして、鳥のように身軽になって、私は、ゆくべきところにいき、するべきことや、したかったことをしようと思います。
パソコンと携帯電話が手元にあれば、私はどこにでも行けるし、どこでも働けて、生きてゆけるから。

次に作る分から、名刺に、「旅行中」と印刷できるかな?


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chayka [HOMEPAGE]