日々の泡・あるいは魚の寝言

2002年04月29日(月) 四月月末

アカネヒメ3の初校ゲラが、火曜日必着、という昨日(つまり、月曜日の昼下がりまでに翌朝便に載せないとやばいという状況ですね)、父方の祖母が、94才で、なくなったという知らせが入りました。
ちょうど病院にいたときに、トイレに立ったら心不全を起こしてなくなったらしい。寝付かずに、ぽっくり逝ったので、本人は本望だったかもしれません。寝たきりになることを、何よりもおそれていたそうなので。

実は、私はこの祖母とは、生前ほとんど交流がなかったのです。
あって会話した回数も、たぶん数えられるほどしかない。
当然、この祖母からかわいがられたという記憶もないようなものです。

というか…。
私は、父方も母方も、どちらの祖父母からも愛された記憶がありません。ぎゅうっと抱きしめられたとか、頭をなでられたとか、膝に乗せて、優しく話しかけてもらったとか、そういう、よく「おじーちゃんおばーちゃん」が、孫にするような愛情表現を受けた記憶がありません。

まあ、これは、しょうがないというか、うちは亡父が自衛官だったので転勤が多く、長崎在住の祖父母たちとはほとんどあう機会がなかったせい、という理由もありますね。そうして、両方の祖父母のそばには、それぞれの娘がうんだ、目に入れても痛くない孫たちが暮らしていたわけで、いつもそばにいるその孫たちと比べれば、やはりめったにたずねて来ない私などは、愛情に隔たりがあっても当たり前というものでしょう。
でも、それプラス、我が家には、父も母も、それぞれの実家に対する屈折した思いというのがありまして…。
父と母自身が、それぞれの実家とうまくいっていなかったのに、どうして孫の私が、祖父母と仲良くできるでしょうか? かわいがってもらえるでしょうか?
それでもまだ、母方の祖母は、うちの弟をかわいがっていたのですが、この祖母は、性格が猛々しい人で好き嫌いが激しく、「仁志君はかわいかけど、さっちゃん(わたしですね)は、かわいくなかねえ」などと本人にずばり言う人でした。

そういう私にとっては、「孫と仲良しのおじいちゃんおばあちゃん」「おじいちゃんおばあちゃんと仲良しの孫」というのは、もう、ファンタジーの中の登場人物と一緒で、「へえ、そういう人たちもいるんだあ。いいなあ。どういうかんじなのかなあ?」と、思ってしまうのです。
指をくわえるくらい、うらやましくなったり、そっと足を引っかけてころばせたいほど(笑)、ちょこっとねたましくなったりもします。
それで、祖父母という人々への憧れが、よく、私の本に、優しい老人たちを登場させるのです。
「こんなかなあ? こんなでいいのかなあ?」と、毎回、首をひねりながら、孫と仲良しのおじいさんおばあさんを書いている私なのでした。

責任感が伴う、両親の愛情と違って、祖父母の愛というものは、一種、盲目的な、かわいくてたまらない、降りそそぐ愛だと思うのです。無条件で、絶対的な愛。
そういうのに恵まれた経験がある人たちは、幸いだと思います。

私は、そういう愛情が自分に向けられないとわかった子どもの時から、もう祖父母のことは心から切り離していたので、ええ、精神的に、自分とは無縁な人たちだと割り切っていたので、今回祖母が死ぬことによって、ついに「祖父母」と呼べる人たちがこの世に一人もいなくなっても、さして悲しくはなく…。
一方で、悲しくない自分を、悲しまれない祖母を、悲しいと思います。

昨夜の通夜の時、お寺の住職の読経をききながら、私は仕事の段取りを考えていました。考えているうちに、ふと、思い出しました。
幼稚園くらいの頃、祖母のうちに遊びにいった私が、祖母にお祭りに連れて行ってもらったことを。ぼんやりと覚えているけど、あれは夜だった。
赤いぱっちんどめを買ってもらったのでした。
あのぱっちんどめはかわいくて、そのあとも大事にしていたのですが、結局今は手元にないのですから、どこかでなくしてしまったのでしょう。

読経がすんで、祖母の顔を見に行ったら、まるで西洋の夫人のように、ほっそりと美しい顔で眠っていました。癌で死んだ父の死に顔よりも、よほどすっきりとして、きれいでした。
この祖母は、詩吟をする人で、本を読む人で、随筆を書く人で…つまり、父へ、そして私へと続いた、文才の流れをもたらした遺伝子は、この人の家系から流れてきていたのでした。先祖をたどると、漢学者だの、画家だのがいたらしいです。

おばあちゃん…

私は、心の中で呼びかけました。
あなたは、私のことを、少しは好きでいてくれたんですか?

どうだったんですか?
おばあちゃん?

私は、お通夜を早くに抜けて、家に帰って仕事しました。

お通夜のあいだも、そして今日の告別式の時も、私は泣きませんでした。
なくほうが死者が喜ぶとしても、泣かなかったと思います。
泣かないの。
人前でなく涙には、絶対に嘘がまじるから。

祖母の笑い声は、今も耳に残っています。
辛い時代に、辛い人生をたどった人だったのに、明るく、はじけるような声で、笑う人でした。

告別式に出席する前に、ゲラは無事に、翌朝便に載せました。
アカネヒメ3は、仲良しのおばあちゃんと孫のお話でした。


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chayka [HOMEPAGE]