CORKSCREW Diaries(米国編)
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2002年11月21日(木) 心のドアを開けておく いつも会えるようにしておく


ココロは想像以上に落ち着いている。
いつの間にか、僕は感情というものを持てない人間になってしまっているのかも知れない。
本当にそうなのかはよく分からない。
親切だねとかいい人だねとか言ってくれる人はいるけど、
たぶんそれは本当の僕じゃない。
いや、それも僕なのだと思う。
本当にそうなのか、分からない。
よく分からない。
無理して大人になる必要なんてないのよ。
そう人は言うけれど、そんなこと言っていられない年齢になってきているのは確かだ。
けれども社会的責任を果たすことと大人になるということはまた別問題で、
今の感性を喪ったら僕はおしまいだと思う。
たぶん僕は僕の同年代の人が失っているものをまだ大分残していているのだろう。
だから同年代の人々より泣いたり笑ったり感動したりすることが多いんだろう。
それが出来なくなってしまったらたぶん僕という人間の終わりだ。
何度も何度も書いているけどそう思う。
もういい加減にもっと落ち着いたら?
その意見は確かにごもっともだと思う。
けれどももう少しだけこう言うことを書ける人間でいたい。
色んなものを喪いたくはない。


「海辺のカフカ」には携帯やMDプレーヤーと言った今までには無いアイテムが出てくる。
それを読むと時代というものを感じる。
本当に変わらないのは主人公で、
彼らは15歳でも20代でも30代でも同性愛者であっても計算士であっても、
結局のところ考えていることは同じだ。
その人の考えている考えていることにシンパシィを感じるから僕は読み続けるのだ。
状況がどうであっても彼らの考えている事は根本的には一緒だ。
そしてそれは僕も一緒だ。
以前も書いたけれども彼の小説を読むもの全てが共感しているとは思い難い。
比喩が好きとかそんなんじゃなくって、
海に頭から漬っているような感じなのだ。
そこに書かれている内容を事細かに覚えているんじゃなくって、
世界全体にどっぷり浸かりながら読むのだ。
みんなこんな風にして読んでいるの?
たぶん違うと思う。
僕のためにある本として「国境の南・太陽の西」を挙げたけど、
同じことを思う人がこの世の中にそんなにいるとは思えない。
僕はハートバザールがとても好きだけど、
ハートバザールの音楽に共感する人はそう沢山はいなかった。
僕は好きだけれども普遍性は無い。
僕はそう思っている。
たぶん春樹の文章にもそれは言えると思う。
だから基本的に僕は人に村上春樹は薦めない。
バンプや川原泉は薦めても。
合う合わないって言うのはかなりあると思うから。

なんかとりとめもなくなってきたからこの辺にしたいと思う。
日記と言うのは好きなことを好きなだけ書けるから確かに便利だけど、
たまには推敲してまとめた方がいいじゃないかって時々思う。


♪GOING UNDER GROUND




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