CORKSCREW Diaries(米国編)
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2002年05月25日(土) 日本語教師養成講座4 日本語教育と国語教育


日本語教育と国語教育


日本語教育と国語教育は異なるものである。

そのそも基本的に日本語教育って言うものは、ある程度別の語学を身に付けた人が、能動的、自主的に勉強するものであり、やっぱり、まずは例文や構文等、文法を中心に勉強する。
国語教育では文法を学ぶことは基本的には無い。特に現代語については。



語彙とかでもそうである。日本語教育における語彙は、まずは基本的な単語が中心となる。
かたや、日本語教育に関してはどうか、別に特に基本的な言語を選りすぐって覚えさせると言うことはないだろう。そりゃあ確かにレベルと言うものはあるが、ある程度それは自然に習わせるのではないだろうか。
文字・表記に関しては、まずは文字に慣れさせると言う目的をもって学習される場合が多い。これは日本語教育国語教育ともに共通である。
最後に音韻・音声について。これに関しては、国語教育において意識して音を矯正させようとすることはない。ある特定の方言を除けば、日本語の音声、音韻の勉強をすることはないのである。一方日本語教育においては、音韻・音声は重要な学習事項である。我々が外国語を勉強するのと同じように、音声・音韻を学習することになる。

以上の学習事項においては、やはり、その人の母国語が日本語近ければ近いほど、学習がスムーズに行えるようになる。例えば、韓国語なんかは日本語に近い部分が多いから、割と勉強しやすいのだ。発音なんかでも、日本語にある発音が無い母国語を持つ人に関しては、対応しにくくなっているのだ。



言語の技能は「聞く」「話す」「読む」「書く」と言う4つのカテゴリーがある。
これまで書いてきた学習事項をすべてやっても、この技能たちを使いこなせる訳ではない。これらは反復練習を繰り返して上達していくのである。国語教育においては、「聞く」「読む」はまだ出来るが、「話す」「書く」と言った日本語を使って高度なことをするに当たっては難しい。日本語教育に関しては、特に、「聞く」と言う技能が重要となる。「聞く」ことは、スピードが伴うからである。
このカテゴリーの中の「書く」「話す」は表現に関するカテゴリー、「読む」「聞く」は理解に関するカテゴリーとなる。表現することは大変難しい。理解は何と無く分かっていても何とかなることもあるが。



語学の学習年齢というのは、ある程度年齢が固まってしまうと勉強がし難くなる。特に発音に関する問題に関しては、非常に難しい。しかし、まったく固まらないうちから覚えても忘れてしまうし、それは難しい。
固まらないうちに覚えた言語はすっかり忘れてしまったりするからである。
また、学習内容に関しても、限られた時間で学習するのだから、その目的の為の勉強が必要になってくる。語彙とかは特にそうだ。


日本語教師は、ものすごく大きな差のある環境で教えなければならない。生徒も生徒でそれぞれ異なったレベルがあるからだ。日本語の骨格を教え込むのが日本語教師なのだから、だからそれぞれ大きな差の有る環境でどう教えたらいいか、困難な点の予測をできるようにしておく必要は有ると思われる。







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