CORKSCREW Diaries(米国編)
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2002年03月24日(日) 名にし負はば 逢坂山の さねかづら(結局書き直し)


最近enpituサイトは過去の日記を修正すると最新の日記にまで上書きされてしまうらしい。
思いっきり、一度書いた日記が消えてしまった。
日記なんて代物二度も三度も書けるもんじゃない。
バックアップを取らずにネット上のエディタで直接書きこんだ自分が悪いと言われてしまえばそれまでだが、最近は繋ぎっぱなしにしてしまったのでどうしようもない。
ムカツク。
すげえムカツク。
これって完全にサイト側の問題じゃん。
完全にエラーだもん。
過去日記を修正したらさ最新日記にも一緒に書きこまれるなんてどうすんのさ。
馬鹿馬鹿しすぎて腹が立つ。
最初に書いた日記を再現しようか、それとも幻の日記で終らせるか、
どうしてくれよう。
と言うことで考えます。書けたら書くし、かけなかったら書かない。




が、仕方ねえから書こう。
正直最初に書いたものより数段落ちたものになるのは致し方なし。許せよ。


京都から近江に抜けるためには、逢坂山を通らねばならない。
知るも知らぬも逢坂の関と歌ったのは蝉丸だ。
琵琶の名手、その蝉丸の元に源博雅三位が三年間通い続けたって言うのは、
陰陽師・・・もとい今昔物語に出てくる有名な話だ。
何? 話がよく分からない? 
すぐに陰陽師を読みたまえ。小説でも漫画でもどちらでもいいぜ。
どっちでも面白いから。
原作でもどちらでもイケるって言う作品も少ないよね。
晴明ものでは王都妖忌憚ってのもあるけどな。これには肝心の博雅出てこねえからな。

まあ何が言いたいかって言うと、
その逢坂山を今日は越えてきたって訳。
ちょうど寒が戻ってきたころで、単車で越えるのはスゲえ辛かった。
寒すぎ。
こんなところに3年間も博雅よく通ったねえ。
今でも鬱蒼とした、山賊でも出てきそうなところなんだから。


で、うちの祖母が結局入院しました。
今朝から調子が悪くって、そんでも意識は割とハッキリしていたんだけど、
やっぱり病院に行ったほうがいいってことで病院に連れていくことに。
僕は病院までは付いていかなかったけど、現場に居合わせるといたたまれなくなった。
同時に、お年寄りを抱える家庭の大変さも。

人は必ず老いる。
老いだけは、誰にも等しく訪れるものなのだ。
今は元気なうちの両親も、いつかは老いて、動けなくなる日が来る。
そんな日が来るなんて、今まで誰が想像しただろう。
且つ、その老いた両親をどうするかも、問題になる。
深刻な問題だ。
滋賀の祖母の家はいい。
うちの伯母さんは、血が繋がってないにも関わらず、
本当に手厚く世話をしてくれる。
此の世で一番えらいのはうちの伯母さんかもしれないって思う。
僕はそうやって、うちの両親を世話してあげられるだろうか。
そして、いつか僕が老いたとき、世話してもらえるのだろうか。


全ての元凶 韓国滞在記、追記です。
これ書き足したおかげで消えたんだよな〜。







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