とも伝説
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| 2001年10月29日(月) |
ピッキーちゃんみたいになっちゃうよねぇ!? |
うちは 自慢じゃないけど貧乏だったぁ(笑) もっともっと苦しい生活してる家もたくさんあると思うけど かなり余裕がない生活だった 親父は 自分の為賭け事に使ってしまって(子供の頃の俺は知らなかったけど) 家にほとんど入れない人だったし 給料もかなり少ない工場勤めだった 小さい頃住んでた家も その工場の社宅というか借家で 2階建てのボロボロのアパートだった 2階にいく人の足跡が カンカンカンって聞こえる階段 薄い壁 ボロボロの畳 上からぶる下がってるあまり明るくない電球 隣も上もその日暮らしって感じの人たちばかりだった うちの隣の家の子なんか栄養失調で入院しちゃったくらいだもんなぁ 医者に連れて行くお金がなくて 布団でやせ細って丸くなっていたのを うちの両親が見かねて 医者に連れて行ったの見た その子は すっかり大きくなって結婚もして子供も生まれたのだけど いまだにうちの親を命の恩人と思っているみたいで 年賀状がくる すごい小さい頃のことなのに まだ忘れてないみたい とにかく 貧乏長屋って感じだった 俺も弟も よその家に比べてお金がないって感じていたし でも母さんも節約してきりつめてるって見ててわかってたから 欲しいもの欲しいって言えなかった 友達が新しいおもちゃやテレビでCMやってる物もっていても ふーんって欲しくないフリして 他の遊びしてた(^ー^) 親と一緒にスーパーに行くと よその子が 「買って!買ってー!」っておもちゃ売り場やお菓子売り場で 泣きながらジタバタして親を困らせてるの見て いつも「ピッキーちゃんみたいに なっちゃうよねぇ!?」って親の顔見上げてた ピッキーちゃんっていうのは そのころ持っていた絵本に載っていた うさぎ??か なにかのキャラクターで お店で「買って買って!」ダダこねて お店の棚蹴ってしまって 商品がダーって崩れて下敷きになって痛い思いするって話だったのだ それみたいになっちゃうよね?って親に聞いてたのだ だけど 心の中では 俺も買って欲しいよーっていつも思ってた いいなぁダダこねれば買ってもらえるかもしれないんだもんなぁって でも ダダこねたら無理させて大事になお金なくなっちゃう お母さんがお父さんに怒られるって思ったから言えなかった もう とにかく子供の頃から親父が怖かったので 母さんが怒られるの見たくなかったのと とばっちりがくるのが怖かった お金ないと大変って思っていたから 自分の中で ピッキーちゃんみたいになっちゃうんだ 欲しいって言うとって思い込ませてた その頃は 30円〜50円のメンチカツが食事に出るのでも うれしかった ご馳走だぁって思った 家族で遊園地に行っても これ乗っていいの?大丈夫なの?おさいふへいき?って 乗りたいものも 我慢しようかなぁって言えなかった だけどそれがわかったのか 母さんが 「遊ぶ時はお金の心配しないで おもいきり遊ぼうねっ 帰ってからは我慢しようねその分」 って言ってくれたから それでやっと乗り物に乗っていいんだって思えた
あと筆箱かなぁ 小学1〜2年の頃 多面筆箱っていうのが流行って いろんなところから開くようになってる いっぱいエンピツや消しゴムしまえる筆箱が流行った 欲しかったんだぁ みんなもっていたし だけど普通の筆箱持っていたから 親に筆箱欲しいって言えなかった
今は 自分でお金かせいでるので 自分のほしいものが買える ちょっと前までは お金使うのに罪悪感があったのだけど 今は そうじゃなくなってきた 働いた分使っていいんだなぁって思える(^ー^) でも いまだにダダこねて お店でジタバタしてる子みると ピッキーちゃんみたいになっちゃうぞぉって思いながら見てる(笑)
とも

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