宇佐美彰朗の雑記帳

2006年08月07日(月) 東北の三大祭り「仙台の七夕祭り」見物記。

今回の雑記帖は、大学時代の旧友と初めて東北の「三大祭
り」のひとつを体験した、その報告記録です。
「仙台市の七夕」を見物してきました! 七夕祭り前日・
5日(土)の午後早く、新幹線で仙台駅に降り立ったので
した。しかし、見渡してもどこにもそれらしい「飾り」は
ないではありませんか。ホテルに入って、夕方近くまで、
仲間が三々五々集まりだしたので、なんとか気を紛らわし
ていました。

ついに痺れをきらし、今年の幹事役に恐る恐るたずねると
「飾りは今夜から明日の朝にかけて、それぞれが飾るん
だよ!」との答え。がっかりでした。そんなわずかな時間
で準備出来るのかな? 確か平塚の七夕は、数日かけて飾
り終えるように記憶していたので、もう祭りの前日なのだ
から、少しはそれらしい飾りがあってもいいのでは、とそ
う考えていたのです。

夕方ついに宴会が始まりました。昨年の「韓国旅行」以来
一年ぶりの再会です。しかし十数人の中には「宇佐美と
は卒業以来だ!」と40年ぶりの再会を、大声で喜ぶもの
もおりました。「いやこれは宇佐美ではない! 40年前
はもっとほっそりしていたぞ!」という声をあげるもの
もいました。

大学1年であれば当時の体重は57〜58kg、現在は66〜67
kgありますから、10kg近く増えているわけです。見違
えても仕方ないかも。しかし多くは、現役の頃から時
折は会っている仲間なので「何も変わっていないぞ
!」という声もあり。そんなわけで競技生活後の20
〜30年で、10kg増えたわけでした。それにしても卒
業以来40年という月日は、人間が生まれ変わるくら
いの、時間の長さなのかもしれません。

宴会の後「二次会」が予定されていたのですが、その
間、町へ繰り出しました。ちょうどその時間は「花火
の競演」の終了30分前でした。花火を見物しながら
「あっ!」と驚いたことがありました。なんと、道
路三車線のうちセンターライン寄りの二車線が「桟
敷席」になっていたのです。道路の上は、びっしり
と座り込んだ花火見物の人で、埋まっていました!
それにしても良く考えたものです。感心しました。

やれば出来るのです。約30分の間、道路上で見たそ
の花火は、私の故郷・新潟県の新潟市や長岡市の
それとは、少し趣向が違っていました。新潟はも
う少し「大輪」の花火が多かったように記憶して
いますが。その後、二次会に合流したのでした。・・・

翌朝ゆっくりと朝食をとり、あれこれ仕入れた情報
から想像をたくましくして商店街に足を運び、これ
またビックリです。なんと、あの高いそして広いア
ーケード下の空間が、歩けないのではと心配になる
ほど、どっさり飾りつけられていたのですから! 
ただただ唖然とするばかりでした。一つ一つの飾り
が大きいこと、その数の多さにも圧倒されてしまい
ました。それにしても東西の通りだけでなく、南北
の通りにもどっさりなんです!!圧巻です!

夕方には、審査の結果「優秀賞」「最優秀賞」など
が、張り出されていました! 帰る間際に、飾りつ
けの状態をじっくり観察したところ、一晩で飾りが
パッと花開くように、さまざまに仕掛けが工夫され
ていたのです。紐の先に「番号」や「記し」がつい
ていて、それを操作すると、その位置で飾りが開く
ようになっていました。さすが歴史のある「仙台の
七夕」です。長年の知恵が生きていました。感謝・
感激でした。


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