西方見聞録...マルコ

 

 

ハリーポッターとレイシズム - 2006年02月10日(金)

さて、「ぽん太の大冒険」についてである。

第5巻の「不死鳥騎士団」を読んでる時、ちょうどイギリスの多文化教育の盛衰に関する本を何冊か読んでた(おもにこんなん→佐久間孝正 1998「変貌する多民族国家イギリスー『多文化』と『多分化』にゆれる教育」 明石書店)。

で、ぽん太の作者のJKローリングスがこの物語を通じて言いたいことって、ずばり「レイシズムとの戦い」なんでないのかな、と思った。

似たようなこといってるブログはないかなと「ハリー・ポッター」とか「レイシズム」をキーワードに検索したら、あった。
これとか。ふむ、やっぱし、私のオリジナルな見解じゃないみたい。残念。

第2巻「秘密の部屋」でぽん太の敵役が由緒正しい代々魔法使いの家同士の結婚で生まれてくる魔法使いのことを「純血」と呼んで、普通の人間(ぽん太の世界ではマグルといいますな)から生まれてくる魔法使いことを「穢れた血」という差別用語で呼ぶ、と言うシーンがある。主人公とその仲間たちはそういう差別思想を思いきり「狂ってる」と思うし、主人公の母親や親友にそうしたマグル出身の魔法使いを配して純血思想への対決姿勢は最初のほうからかなり判明してた。

そうしてぽん太がシリーズ中一貫して戦っている闇の魔法使い「ヴォルデモード」(この人は15年前、アカンボのハリーになぜか滅ぼされて、1、2、3巻では休眠状態、4巻結末で復活し、5巻のやっぱ終盤で攻めてくる)はこの純血思想のもと恐怖支配を行った。そのヴォルデモートの支配した時代についてこんな、記述がある。

「(両親は)なんと、ヴォルテモートが正しい考え方をしていると思っていたんだ。魔法族の浄化に賛成だった。マグル生まれを排除し、純血の者が支配することにね。両親だけじゃなかった。ヴォルデモードが本性をあらわすまではずいぶん多くの魔法使いがやつの考え方が正しいと思ってた。」(第5集上巻184ページ)

 この闇の魔法使いたちの純血崇拝はレイシズムのパロディーなのかなと考える。

 第2次世界大戦のころ、レイシズムはナチズムという最悪の形でヨーロッパを吹き荒れたが、戦後ナチズムと第2次世界大戦への反省から、国連が結成され、平和や人権への意識が世界的に高揚した。アメリカで起こった公民権運動は人種的・性的マイノリティの権利意識を高揚させ、それまで横行していたあからさまな人種差別や性差別は少なくても建前としては表明しない世の中へとパラダイムシフトした、と私は理解している。しかしここにきてのナショナルフロントや国民戦線といったネオナショナリスト勢力の盛り上がてきている。

 この「ナチズム⇒戦後から最近までの人権意識の高揚⇒ネオナショナリズムの台頭」

「ヴォルテモートの支配時代⇒15年間のヴォルテモートの沈黙⇒ヴォルデモートの復活」

と、相似関係なのかな、と思う。

 で、復活したヴォルデモートに対して早急に対策を打ち、戦うべきだとハリーのお師匠さんの魔法学校の校長ダンブルドアが主張する。それに対して、政府であるところの魔法省はヴォルデモードの復活を頑として信用せず、逆にダンブルドアが魔法省転覆を狙ってデマを飛ばしているのだ、と決め付け、魔法学校への干渉、ダンブルドアの追放へと対応をエスカレートさせていく、というのが5巻のお話。

 この「闇の魔術師とその仲間」と「ダンブルドアを中心にしたホグワーツ魔法学校」とさらに「魔法省」の3つ巴の葛藤は「ナショナルフロント」と「多文化教育のとりでだった地方教育局」と「サッチャー保守党政権」の葛藤と微妙にダブる。

 イギリス教育界の移民子弟に対する対応は1950年代〜60年代の同化主義、70年代の統合主義の時代を経て、80年代、多文化主義の時代に入る。移民子弟の多い地域の地方教育局は多文化教育の砦として数々のリベラルな教育を展開した。イギリスに存在するどの文化も対等であることをみとめ、レイシズム(人種差別)と対決(対決のための細かい禁止事項とガイドライン策定)、多文化社会構築のためにマイノリティの要求へのきめ細かい対応等を基本に、レイシズムを克服する次世代を育てる試みが行われた。さらに無知から来る偏見を克服するために「ワールドスタディーズ」と言う必須科目を設置し、移民送り出し側のパンジャブ地域やカリブ、アフリカの文化伝統を学習する機会が持たれたり、既存の歴史科を植民地側から読み直す試みなどもされた。

 こうしたイギリス教育界(特に地方教育局)の動きに対しナショナルフロントは特にリベラルな教育をする教師の実名をHPで公表し『ルーニー・レフト(気狂い左翼)』とバッシングする。

 こうしたレイシズムとそれと戦おうとする教育界に対してサッチャー保守党政権が行ったのは1988年教育法の施行だった。

この教育法は簡単に言うと

・教育の決定権を地方教育局から国または各学校へと委譲する

・コアカリキュラム(重点科目) 数学・英語・科学と基礎科目 外国語・歴史・地理・技術・音楽・体育を設定し、7歳と14歳と16歳で全国統一テストを実施する。コアカリキュラム偏重。成績の悪い学校は生徒獲得が難しくなる(=予算配分を減らす)。

というものだった。

 政府はレイシストよりも教育界を標的に『改革』をしたのだ。ヴォルデモートと対決するのを避けて魔法学校の改革に乗り出した魔法大臣ファッジのように。

 魔法省によって魔法学校に送り込まれたアンブリッジ先生が次々と改革を繰り出す。同僚教師に対して、『教師は教科以外は教えてはならない』という新しい教育令を出す。自身の担当する『闇の魔術に対する防衛術』では「理論さえ習得していれば実際の戦い方は知らなくてよい。」といい延々と教科書だけ読ませる。それに対して生徒たちは「(学校の)外の世界で待ち受けているものに対して準備をするのよ」(第5集上巻512ページ)と、社会に出て実際に闇の魔術師たちと戦わなければならない場合に備えて自ら学習するグループを立ち上げる。


 まあこんな記述をいちいち現実のどういう状態を風刺してるのか読みかえながら、読んでいくと、ハリーポッターもなかなか楽しい。今1号さんの要求に従い、また1巻から本気音読に再び取り組まされてるんだが。

 今後ラストに向けて、ハリーポッターがそのたくさんの読者とともにどちらに向かうか楽しみである。




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