西方見聞録...マルコ

 

 

暴力の話 - 2002年11月26日(火)


 さてこの日は娘1号の保育参観で娘2号をだっこして保育園へ。

 娘1号は16日に一旦、風邪から回復したものの祖父母帰京後、1日だけ保育園に行った後体中から噴出すような蕁麻疹をだして、さらにもう1週間保育園を休んだ。そんなわけでほぼ2週間ぶりの登園だった。

 稲田堤時代の保育園では保育参観とは「通常の保育の様子を保護者が物陰から1時間程観察し、その後子どもと一緒に遊んで、昼食を介助し、子どもと一緒に帰宅する」というスタイルだった。あめでおも私もこの1年に1度の保育参観が大好きで仕事を休んでいそいそと出かけていた。

 ところが奈良での初めての保育参観はぜんぜん違った。ホールに年少・年中・年長の3クラスの保護者100名以上が集い、子どもたちが舞台の上に立って合唱と合奏をしたのだ。

 約2週間、病気療養をしていた娘1号は練習期間のないまま本番を迎えてしまったのだ。新しい保育園での保育参観がどんな物なのか確認しなかったわが身が悔やまれる。しかし、娘1号は手話つきの合唱も楽器を使った合奏も例によって周囲を見ながら淡々とこなしていく。

 立派。

 見てくれ、あれがわしの子じゃ。と絶叫したい気分だった。

 しかし最後列の端っこに立った娘は半分カーテンに隠れており担任の先生からは見えないところで健気に手話を演じておったわ。

 あわれ。

 その後保護者を対象にCAP(CHILDREN ASSULT PREVENTION)という団体の虐待防止参加型ワークショップが行われた。100名近くいた保護者はココで15人ほどに減った。プログラム自体はおもしろい部分も参考になった部分もあったが、気になったのがワークショップファシリテーター(司会者)の言葉がすごく粗いのだ。

 とくに「普段お母さん方はこんなふうにお子さんをしかってらっしゃると思いますが」といって母親が子どもをしかるしかり方をまねするのだが私だったら絶対使わないような言葉を使っていた。
 
 参加者のレベルを低く設定しているのか?
 あるいはよそ者の私が方言をきつく感じてしまうのか?
 私自身、まだこの新しい町に心の垣根を取り外せずにいるのを感じる。





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