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今日は半日で六本木ヒルズを歩き回りました。
疲れた〜〜〜。 昨日は、わたしのご贔屓さん 伊織さんのお茶会でした。 なおちゃんがタカラヅカを退団した後 こういったイベントに参加するたびに 「ああなおちゃんは変わったな」 と感じる面と 「全然変わらないな」 と思う面とを感じます。 わたしはその変わらない面が好きなので たぶん今もなおちゃんを 見続けているのだろうと思います。 また、変わった、という点についても なおちゃんは隠さなくなっただけで 本人にとっては何も 変わっていないのだろうと思います。 覆っていたものがなくなっただけで 中身は変わってないのだから。 この間テレビで 野村萬斎さん親子を特集した ドキュメンタリーが放映されていました。 萬斎さんのお母さんは 3歳から伝統芸を仕込まれる息子の姿を見て 「もちろん、めでたいことなのだけれども 息子が異形の者に変えられてゆくことへの 恐ろしさと、哀しみのようなものを感じた」 という感想を話していました。 タカラヅカの男役というのも まさに異形の者なんだと思います。 それを卒業するということは 通常に戻るということで つまり、萬斎さんの お母さんが感じたことの 逆を行く訳なのですが 感じることは似ている気がします。 もちろん卒業は めでたいことなのだけど もはや異形の者ではない という虚しさと哀しさのようなもの を感じるのです。 そんなことを思いながら わたしは、果たしてこれからも なおちゃんのファンになれるのだろうか わたしの本心はなんなのだろうか と考えてしまうのです。 なおちゃんは また新たな夢を紡いで くれるのでしょうし それがもし、わたしの 考える夢ではなくても なおちゃんの醸し出す あのポジティヴで癒されるパワーに 触れたいからやっぱり これからも見ていくのだろうな、とか それでもあの麻薬のような陶酔感を 味わえるのは永遠に タカラヅカの世界だけだろうとか… …あややこれや… 思っては消えてゆきます。 でも、自分の心の中のことを こうだと決めるのはやめようと思います。 状況も時間も移ろいゆくものだから 何事も柔軟にしておくのが一番ですよね、きっと。 そういえば、お茶会で こんな発言がありました。 なおちゃんは 夏に出演する公演「喝采」で リカさんが黒燕尾を着ていたため 共演する自分もまた男役っぽい格好を するのかもしれない、と思ったのだそうです。 女優になったのに、また男っぽい役を するかもしれない事について なおちゃんは 「タカラヅカで学んだことは 全部大事な財産だから 男役をまたやることも 抵抗はありません」 というように発言されていました。 「退団」「卒業」「男役」「女優(女役)」 「タカラヅカ」「芸能界」etc. そういった括りに変にこだわらず 実に自然体でいいなぁと感動しました。 ファンクラブの解散や再結成を始め 女らしい格好や体型になるだとかいう 見た目の変化など、退団前と後で きっちり区切りをつける様子を見ていると なにもかもスッパリ切り替わったように 思えるのですが、しっかりと繋がる部分は 繋がってるし決して変わらない――――― それはなんなのだろう… 器用さや、柔軟性というよりは なおちゃんの真面目さや素直さから くることのように思います。 こういう発言をされるなおちゃんだから わたしはやっぱりこのお方についてゆかなくては… と思ってしまうのかも。 でも…それでもまだ考えてしまうんですよね。 もっと夢を見ていたかった。 この世の者じゃない決して届かない 不思議な存在を。 夢と現実ということを考えたときに 夢から覚めることと、夢が叶うことと、 どちらが幸せなんでしょうか。 わたしは夢から覚めることの方を選びます。 だって、夢が叶うということは 夢が現実に変化したということで その夢はもう夢ではなくなってしまうからです。 夢から覚めることならば 夢は頭の中に残るから そちらの方が幸せな気がします。 覚めた後、また新しい夢も見ることができるしね。 現実に生きるためにも、夢はその都度覚めなければ。 わたしはまだ覚めた夢を追いかけてる気がします。 |
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