蹴文修記

2006年07月09日(日) サッカーで話そう、その26

「今さらながら。。。初観戦の日記」

W杯は終わってしまったけれど、せっかく書き溜めていたので、
6月11日、僕の初の観戦記をアップします。

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ドイツW杯、初のスタジアム観戦は、なんとライプチヒ!
チケットを急遽譲ってもらえることになって、旧東ドイツ
圏にあたるライプチヒまでいきなりひとりの小旅行。

朝7時に起床、朝食を食べて8時過ぎに出発。
ステイ先最寄のLimburg(Lahn)駅から在来線に乗り、フランクフルト中央駅へ。
駅では前夜の勝利の余韻を引きずるようにイングランド人があちこちで
酔いつぶれて寝ていたり、これから試合に向かうメキシカンが
騒いでいたり、日本人の姿が一気に多くなったり。。。
ああ、世界中のひとがあつまってきたナァと実感。

ドレスデン行きのICE(ドイツの新幹線)1547に乗り、一気にライプチヒへ。
道中、車窓からの素晴らしい眺めに目を惹かれる。
フランクフルトという都会を少し離れると、車窓からは広大な
草原が見え、とうとうと流れる川が景色にアクセントを加える。

とにかく広い、緑が多い。

ところが、旧東ドイツ地域に入ったころから景色に若干の変化が。
緑の深さや広い草原は変わらないものの、ときたま見える家屋や
教会、古城などは、旧西ドイツ域となにか違う気がする。
なにが違うのか、はっきりとわからなかったけれど、確かになにかが違う。
壊れたままの建物が見えたり、駅舎が古めかしかったりするけれど……。
共産圏の香り?いや、そんなものは知らないはずだ。
壁が崩壊して十数年、まだ経済格差は残されたままと聞く。

3時間半ほどでライプチヒ中央駅に着く。
おそらくW杯のために整備されたであろう駅舎は、歴史と新しい
資本主義の波が、妙なミスマッチを見せていた。
古くて愛想のない駅舎と、妙にアメリカ的なショッピングモール。
旧東ドイツ地域の近代化の遅れを端的に表しているような気がする。

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駅からトラムに揺られ数分のsportsforum駅で降り、人の流れに
飲まれてスタジアムに進む。途中日本人に声をかけられた。
じゃあそこまで一緒に行きましょう、と。いや、ゲートが違うから、
ほんの数十メートルだったけど、少しの間だけ情報交換。

これまた広大な広場を抜け、まるで城にでも入るかのような門を
目前に荷物チェックを受ける。
厳しいとは聞いていたけれど、まあ予想の範囲内。
すっかり忘れてバッグに入れていたペットボトルは没収、投げ捨てられた。
投げなくてもいいじゃない? 最後に一口飲ませてよ〜。

気温は30度を超える暑さ。湿度が低いからまだ耐えられるけど。。。



ライプチヒのスタジアム、城壁のように堤防のような土手がスタジアム
を囲んでおり、すり鉢上の敷地の中にスタジアムが建っている。
阿蘇のカルデラの中にスタジアムが隠れている感じ。
後段の席には、階段を上るのではなく、下っていく。
スタジアムに時計がない、試合時間がわからない、これは普通?

椅子やトイレは古く、階段は狭くて(新しく建てられたはずなのだが?)、
ストレスを感じることはあったけれど、規模、スタジアムの形状は
サッカーというスポーツを楽しむのには最高の部類に入るだろうね。
たぶん、どこからでも近く観え、視界を遮るものも少ない。

オランダ1×0セルビア

暑くてオランダの本領は発揮できなかったけれど、
かつての危うさは感じられず。いいところまで残るのか?
セルビアは頑張ったけれど、選手もサポーターも。
やはり決定力不足は否めず、ひとりストライカーがいれば展開も違ったろうに。

セルビア・モンテネグロのサポーターは、「セルビア!」と叫ぶのみ。
国はもう、セルビアになってしまったのだけれど。。。
W杯の予選が終わり、国名が変わってしまう国。
僕たちにはどんな感情だか想像つかないけれど。。。

セルビア・モンテネグロとしてW杯に参加するのは最初で最後。
記念?でもないけど、オフィシャルファンショップで売っていた
セルビア・モンテネグロのTシャツを買ってしまった。
観光観戦者、だナァ。


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