日記++スキが何か解るまで。


2005年10月20日(木) 晴天

実習終了。月曜までにプロトコールとレポート提出。だけど、次の実習が火曜からなので、月は1時間目のみw

やっと通学用の新しいかばん購入。前のは気に入ってるけど、使いたくない。それでも、1年近くヤダと思いつつ使っていたけどさ。夏休み明けてから、再びそれを手にするのに精神的苦痛をしいられて使うのをやめました。その後は昔のかばんを使ってたけど、あまりにも教科書類が重く破壊されてしまった; 今日までは、また昔つかってたミスドでもらったカバンを引っ張り出してきてたけど、容量が少ないこともあって新しいカバンを購入。ついでに、服も1枚…。服は安いから! と言い訳して。財布すっからかんです;あと、「1Lの涙〜母の手記」も購入しました。何処で買い物したんだ!って本屋なんですけどね…服もカバンも本も。最近バイト帰りに寄っているので。

「1Lの涙〜母の手記」の感想。一冊目”亜也の日記”は実は泣けませんでした。"母の手記"も「うーん。また泣かずに読みきれそうだな」とか思って最後まで行ったんだけど最後にあった"旅立ち"の章の"亜也へ"というお母さんの詩(?) ですごくグッと来ました。亜也さんが旅立っていくシーンでもそんなに感情は動かなかったのに…。

感動モノを読むと何時も思うのは、やっぱり私はどこか欠落した人なんじゃないかということ。ただ単に感動の沸点、というか涙の融点が高いだけと思うようにはしていますが。一般的に『泣ける!』という本で泣くことはありません。あっても、1000冊に1冊あるかどうかといったところだ。まあ、当然といえば当然で、"泣けない人間"がそうそう本で"泣く"わけがない。まあ、泣いたことによる悔しさとか負けがないぶん本のほうが涙をだすことが比較的できるのだけどね。泣いたから負けとか無いとは思うんだけど…でも、ほら泣くって一種の弱みだよね。でも、小学校じゃ、何かされて泣いたら負けで苛められる可能性もあるわけで。

感情の揺れ幅は小さくていいけど、感動の触れ幅は欲しい。

悲しみや恨み、嫌悪といったマイナスの感情には長けているのにね。

泣かなくても、泣けなくても、ナマイキだけで済むし。別に支障は無いのだけれど。人と本のお話をするとき「泣けた?」で「泣かなかった」といって相手を当惑させるのが自分としてはイヤだ。

上手く文章がまとまらない…。うっかり熱く語りそうなのをセーブしながらやってるせいだと思うけど。

約束という約束。
 全て忘れ去られてヒトリ悲しむ。
約束が果たされた時。
 人を信じられるだろうか。
約束は腐り落ちた。
 もともと無かったのかもしれない。
約束が実を結ぶ。
 その実は決して食べられない。
約束という鎖。
 何も留められない無用のモノ。
約束の意味。
 人を信じようとする努力。
約束の意味。
 ヒトとなる私の希望。
約束は果たされないもの。
 それが世の常。

希望は持つだけ無駄なんです。何の目標もなく目的もなく生きていればいいんです。そうすれば悲しむこともなく憤りも感じず心波立たず進んでいけるんです。


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翡夕 / 手紙 / 『++dimsum』

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