へそおもい

2007年03月03日(土) 黄色いバラの花

ひさしぶりに
静かで自由なお休みの朝。

なすのおばあちゃんのことを
かこうと思う。

なすのおばあちゃんは99歳だった。
この7月で100歳だったのにおしい!
何回も言ってたっけ。

なすのおばあちゃんのダンナさん
つまりわたしのおじいちゃんは
母が5歳の時になくなっている。

おじいちゃんと結婚する時の話は
何回も何回もねだって
話してもらった。

おじいちゃんは貧乏な画家で
結婚の話がもちあがった時に
「わたしと結婚したら
 毎日の御飯は
 めざしだけですけど
 いいのですか」
といったそうである。

おばあちゃんは
「めざしでもいいですよ」
と答えて
ふたりは結婚したそうな。

おじいちゃんの絵は
なかなか売れず。

おじいちゃんが
友だちと一緒に
喫茶ギャラリーをする話も
あったのだが
信用していた友だちが
その資金を全部もちだして
姿をくらましてしまい
大変だったみたいだ。

やっと何かの挿し絵で
東京に原画をもっていくという話になった頃
おじいちゃんは病に倒れ、
あっという間に
なくなってしまったのだと言う。

それから
おばあちゃんは
なすの田舎で
子どもを3人育てあげ
孫はおばあちゃんが
大好きになったのである。

わたしは中学生まで
毎年夏になると
1月ほどなすのおばあちゃんちで
過ごしていた。

雑木林の間の砂利道を歩いて行くと
その奥にばーちゃんちがある。
裏はひろいひろい田んぼがあって
ぽつりぽつりと鉄塔がたつ。

時々遠くの牛小屋から
牛の匂いがして
そんな日は
みんなで牛のにおいをさがしに
旅にでるのだった。

雑木林の庭に
テントをはって
カレーをつくった時。
夜になったら
どこからか
首狩り族の太鼓の音がきこえて
こわくて
ばーちゃんちに逃げ帰った。

オトナ達は
首狩り族という子どもの発想に
笑っていたけれど
今思い出しても
あの太鼓の音は謎で。

あの場にいた従兄とも
いまだに飲むたびに
あれは確かに
首狩り族の太鼓の音だった…と
話している。

庭にはお気に入りの
ゴムの木があって
そこにはよく登って
風をみた。

玄関の横には
蟻地獄がたくさんあって
蟻をつかまえては
蟻地獄におとして
観察するのが
ばーちゃんちにいった時の
まず最初の恒例行事。

そこには
自由な場所と時間と
それをあたたかく支える
おばあちゃんがいた。

おばあちゃんは
そんなにながーい話を
するタイプじゃなくて
ときどき
ふとしゃべると
それが案外と毒舌で
おもしろくて
おばーちゃんは
自分で言ってから
くっくっくと笑う。

なくなる直前まで
その毒舌クックックは
健在だったみたい。

わたしは
おばーちゃんが
なくなった知らせをきいて
4日後のお通夜の日に
なすのおばーちゃんちに行った。

そういえば
冬になすにいったのは
初めてだった。
木々に葉っぱがなくて淋しい。

砂利道を
一歩一歩すすんで
少しずつ
ばーちゃんちの入り口がみえてきた。

音がなくて
時間がとまってるみたいだった。

動くものといえば
ばーちゃんちの右にある
大きなケヤキの木の上に
からすが一匹。

突然
ばーちゃんちの
門の前から
足が動かなくなった。

向こうに
梅の木がみえて
白い蕾がかすんでいる。
小学校の時に
あそこでみんなで写真をとった。

なすのおばーちゃんちなのに
なすのおばーちゃんがいない。

ほんとにいないのか
ほんとはいるのか。
わたしはいまいくつなのか
なにをしているのか
わたしは
こどもなのか
おとななのか
時間がとまった場所に
はだかんぼうで
つったったまま。

しばらく
動けなくて
胃がしばられて
からすがないた。

胃がしばられたので
目から涙がでてきてしまって
とまらなくてこまった。
意味がわからなかった。

急に風が
ざざざっと
木々をゆらして
やってきて
やっと
それで
解けた。

あたたかい風。

顔をふいて
足で地面にたって
門の中にはいることに
きめた。

結婚する前に
とても苦しい時があった。

だれもかれも
わたしが進もうとしている道に
「ほんまにそれでいいのか?」
というメッセージをくれた。
「許さん!」
というメッセージもあった。

そんなのばっかりだったので
さすがの私も不安になって
何を信じていいのかわからなくて
当時96歳のおばあちゃんに
恋愛相談をした。

おばあちゃんは
さばっとひとこと。

「さとみが選んだことは
 だれがなんといおうと
 それでいいんだよ。
 おばあちゃんはね
 それを信じるからね。
 大丈夫よ。」
と言った。

こんなまじなことを
おばあちゃんもいうのか
とびっくりもしたけれど。

多分なにもいわなくても
いつもおばあちゃんは
こういう感覚で
わたしたちを
見守ってくれていて
わたしは
それを感じていたと思う。

久しぶりに
会ったおばあちゃんは
もう
身体だけになっていて
そこにはいなかった。

さっきの
門の前の
あたたかい風のほうが
おばあちゃんぽかったな
とおもった。

枕元には
黄色いバラが一輪。

母にきくと
おばあちゃんは
黄色いバラが好きだった
そうだ。

そんなの
ぜんぜん
しらなかった。

なんでだろう。
黄色のバラの花に
どんな
思いがあったんだろう。

でも
とっても似合う。




それから
わたしは
大阪の自分の部屋に
黄色いバラを
飾ることにした。

黄色いバラは
最初は小さいけど
日がたつと広がってきて
色も薄くなる。

バラが広がると
中はつばきの花の真ん中みたいに
花のしべがもじょもじょしていた。
それもしらなかった。

これまでバラなんて
自分で買った事がなかったんだ。

でも最近は
お花屋さんにいって
「黄色いバラを一輪ください」
というのも
なんだか気に入っている。

お花屋さんも
いつも
一番いい感じの一輪を選んで
つつんでくれるのだ。

おばあちゃんは
いろいろなことがあった中で
自分の心に沿った道を
自分で選んで
自分できめて
生きてきた人なのだとおもう。

それだから
あんなふうなたたずまいで
あんなふうな言葉が
いえるんだろな
とおもう。

ちょっとはなれたところで
暮している
わたしからみた
おばあちゃんは
こんなおばあちゃんでした。

会いたいなとおもうけど
しかたないな。

そう思っていると
ばーちゃんは
夢にでてくる。

朝起きるといつも
黄色いバラの花が
一緒にいる。

なにかが
ひとつおわって
なにかが
はじまる
感じです。



***




あああー
やっと
おばあちゃんのことが
かけた。

よかった。

きょうは
ひさしぶりの
休日なので
すきなことを
しようとおもう。

そして
ペルーも
まよったのだけど
こういう時だからこそ
いくことに
きめました。

ほんとに
みんなに
ありがとうって
おもう。

ペルーでは
たっぷり
土をたべてきます。


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はたさとみ [MAIL]

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