晴れたり 曇ったり
めぐみ



 ●フランクフルトを離れる

昨日早く寝過ぎたせいでしょうか?
時差ボケでしょうか?
母と弟は朝の4時から元気元気!
モーニングコールまでまだ1時間半もありますよ>お二人さん♪
外はまだ真っ暗な時間(6時半)から朝食:

胡瓜、トマト、赤カブ、チーズ、ハム、ピクルス
マメのトマト煮(甘口)、ナゲット、フライドポテト
ソーセージ、ミニハンバーグ、パン各種
コーヒー、紅茶、100%生オレンジジュース(自分で絞る)
フルーツ、ヨーグルト

ざっとこの中から御自由にどうぞ♪
時間ぴったりに来たと言うのにツアーの皆さん、
もうとっくに席についておりました。早ッ!
のんきに食べるめぐ親子。周りにだ〜れも居なくなってきましたよ。
それもそのはず、まだ出発まであと25分あると思っていたのが
実際はなかったのですから。

「7時半かと思ってたら7時10分の集合だった!」

母上〜、急に言われても。。。
ヨーグルトは流し込まれる次第ですよ。ふ〜。
今日はフランクフルトからまた飛行機に乗る
予定だったので遅刻は厳禁だったのです!危ういぜ!
雪景色の中、大きなお月様が下の方に輝いておりました。
大きな月だったわ〜。うっとり。

空港内には可愛いサンタさんが至る所に飾られていましたよ。
早速カメラの出番でございます。
再集合時間まで弟と撮りまくり!
弟の目的はサンタではなく全く別の物だったんですけどね。
他人の視線の向こう側って実に面白い。
今日の日記、「一言で言うと?」と問われれば
「写真撮ってました」でスッキリ納まる勢いです。

9:30発 LH3826便にて一路向かう先は・・・

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◆そろそろ機内へ御案内します♪(めぐみ@1月17日)

3席3席の小さな飛行機で2時間20分のフライト。
その短い間にランチが運ばれてきた。(ここでも写真を一枚)
空港はコジンマリとしている。
それもそのはず!
着いた国は日本で言うなら淡路島程度の広さしかないのだから・・・








地中海に浮かぶ世界遺産の国
マルタへようこそ♪

まず現地に着いてすること:両替え
マルタの通貨はマルタリラ=302.129円(30日現在)
もうすぐユーロになるからと母は古いお金を引っ張り出して来ていた。
「これ使って!」
と言われたが、、、古すぎた。。。
「フランスに私が居た頃ですら、すでにこの金じゃなかったよ」

案の定受け付けてはもらえず米ドルをマルタリラに。
3人でとりあえず100ドル両替え→→→
両替えで戸惑うのは、ちゃんと両替え分が手許にあるかどうか。
初めて手にするものはどれがどの単位なのか分からない。
大概、その場を離れてゆっくり数えるとちょろまかされていたりする。
例のごとく、紙に書かれている分ぴったりなかった!

「やられた!」

嗚呼すでに遅し。。。








と思いきや、





こんなこともあるのね☆









得してましたーーー!!

100ドル出したのに、130ドル渡したことになってたのだ。ぐふふ!
え?ちゃんと返すべきだって?
悪魔がささやくように、山ちゃんの集合がかかってしまったのぉ。
両替所のお姉さんアイムソ〜リ〜。。。さようなら♪

。。。

さて、ガイドのジョセフィーヌさんと合流して観光開始☆
まずは聖ヨハネ騎士団が来島以前、
マルタの首都として栄えた町(イムディーナ)の
外に発達した町:
古都ラバトへ・・・
モロッコの都市と同じ名:ラバト(単に『町』の意味)。
これは870年から始まったアラブ統治のなごりである。

騎士たちの時代以前のマルタの歴史のエッセンスがつまったような古都は、
マルタの人々にとってまさに故郷と言ってもいい!


らしいが、今日は何の日?じぇんじぇん人を見かけません。
入り交じった血を持つマルタ人。顔も様々らしいが。。。
「どの人がマルタ人?」
「店の椅子2つも使って寝てるあのおじさん?」
「あなたはマルタ人ですか?」

と、ラバトの中心にすえられている
■聖パウロ教会@パリッシュ広場を前におじさんの写真を一枚。パチッ!
1572年のもの
漂着した聖パウロが隠れ住んだと言われる洞窟の上に建てられた。


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◆つづき・・・(めぐみ@1月27日)

会から少し歩いた所にカタコンベ(地下墓地)がある。
4世紀から8世紀まで使われていた。
家族用、貴族用などさまざまの大きさあり。
色もほどこされていたのが分かる。

中は湿気があり苔が生えていた。
なんか生温かくて気味が悪い。
ここでは写真は取らない。
だって、幽霊さん顔出しそうだもん。
燃やさないで放置したとなると
皆さんまさかねずみの餌食じゃぁあるまいなぁ。。。

続いて博物館:ローマンヴィラへ。
バスを降りた所のすぐ横。
そこまで同じ道を戻る間、わたしは弟と色分けして

「めぐは赤担当」

とか言って赤いものを見つけてはシャッターを切っていた。
案の定、先頭を歩いていた2人は最後尾に・・・最後は走るはめに。
団体行動しましょうね♪ハイ!

博物館へ着く頃にはすでに1本目が終了しようとしていた。
そこでカメラご機嫌斜めに。。。(未来日記参照)
がっくりしちゃっためぐは
モザイク張りの床が一見の価値あり!
なのにそれどころじゃぁございませんよ。まだ観光初日だよ。ぐぅ。


都として栄えた町:イムディナへゆく。
またの名をサイレントシティー。
新しい町:ヴァレッタに対して「オールドシティー」と呼ばれ、
以降、あまりに静まりかえった様子からこう呼ばれる。
もともとフェニキア人によって築かれた丘の上の砦を
ローマ人が町として発展させたもの。
次いで、アラブ人が来て迷路のようになった。
その後ノルマン人がやってきてノルマン様式の建物が残した。


彫刻や、文字の彫り込まれたメインゲートをくぐるとすぐ右手に文化庁
かつてはフランス騎士団長の館だった。
本当に静か。

大聖堂の前にはちらほら観光客が見られたが、聖堂はただ今CLOSE。
先に見晴らしがとても良いテラス:保塁広場へ。
遠くに、ヴァレッタ、正面にモスタの教会etc.
石灰岩でできた建物が並ぶ。
決してほこりっぽい訳ではないのだがなんとなく口がじゃりじゃりしそうな色。
わたしが求めていた色がここにはなかった。
なんだか思っていたより寂しい色の国だ。

遠くまで見渡したあとは、先ほどの大聖堂へ戻る。
どこから集まったのか?この人たち。
ココは 13世紀に建設されたが大地震で倒壊。
ロレンツォガファーにより、1693年の地震のあとに再建された。
見所は、大地震から奇跡的に無傷で残った「聖パウロの難破風景」


フリータイム♪
わたしは葉書を購入。町中では一枚12c(約36円)
のちのちゆく港町のが断然安かった。(慌てて買いすぎたか?)
切手は日本まで37c(約112円。日本とあんまり変わらないね)


今夜のホテルはMERIDIEN PHOENICIA
The Mall Floriana Valletta16, MALTA
TEL:356-2122-5241


夕飯:
-マッシュルーム赤ワインリゾット
-コンソメスープ
-マグログリル
-チョコレートケーキ

夜、ツアー参加者の皆様と顔合わせがあったけれど
とても覚え切れません。
めぐ家族は3人で参加なので分かりやすい。
皆さんよろしくお願いします。仲良くなれるかなぁ。

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2001年12月30日(日)
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