紫
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ふと、駅の地図を見ていると、第一寝屋川と第二寝屋川という川がありました。
かつては、1本だった「寝屋川」を、なんらかの理由で2本に分けたのでしょう。
はて、なぜ?
ということで、さっそくインターネットで調べました。
江戸時代から水運でにぎわっていた寝屋川ですが、昭和に入ってから周囲の都市化に伴って、雨水の流出量が増えたそうです。
建物がたくさん建って、雨水を吸う地面が少なくなってきたのでしょう。
洪水の危険が増してきた寝屋川。
このため、川を2つに分ける工事が着工されました。
昭和29年(1954年)に着工され、15年かけて昭和44年(1969年)に完成。
第二寝屋川が、新しい水系だそうです。
この2つの寝屋川が流れる付近は、古くからの地名が今も残っています。
「放出(はなてん)」や「新喜多(しぎた)」など、読みにくい地名もたくさんあります。
当時は、新しかっただろう橋も川も、今は、その古い土地にもともとあるかのように馴染んでいます。
「街づくり」って、急いでするものではなく、50年、100年単位でゆっくりじっくりと進めていくものなのでしょう。
そのなかでも「人と人とのふれあい」だけは、変わらず残っていってほしい、ですね。
おやすみ。
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