やさぐれ日記
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2001年09月16日(日) 脱稿終わればまた原稿。

本日ようやく、来週の某イベント用合同誌を入稿。
社長の言葉を信じて、刷り上がりを待っております……(毎度毎度申し訳なく)
そしてこれが終わると、次は10月7日の銀英ONLYに向けて始動開始!!
出しますよーーーー、ワーレン本!!(笑)
何だか夏コミでワーレン本が完売した後、ふつふつとネタが思い浮かびました(笑)
入稿までに、もうあと2週間しかないのですが、……がんばれ、自分。

■9月5日〜9日
社員旅行in香港!
出発時間が早かったため、前日から成田空港近くのホテルに宿泊。
事前にいろいろとあったせいで、ちょっと鬱気味だったうちの営業所の面々…
夜23時過ぎからちびちびと飲み出したら、その後はまるで鬱憤を晴らすかのように大変な酒場と化した(失笑)
赤ワインは体質的にあまり駄目な私だったが、何やらガバガバ飲んでいたらしい(その前にすでにビール大量+焼酎少量)……
気付いた時は、トイレで寝ていた……という、最低な人間になってしまった旅行前日の夜だった…………

翌日、出発。
私は完全に二日酔い(失笑)
飛行機に乗るのも危険な状態。食べ物の匂いでも気持ち悪くなる。相当重症(馬鹿…)
結局酒が抜けた夜まで何も食べることが出来ず、尚且つ明日以降のために、この日は酒断ちを敢行。
営業所対抗のコンテストにて、我が営業所が堂々と優勝を飾っても、頑なに酒は飲みませんでした(苦笑)
そんな私に係長が一言−−−。
「二日酔いで酒を飲まない奴はいっぱいいるけど、明日からのために酒を飲まない奴なんてお前くらいだ」
…そんな、まだまだ香港の旅路は長いんですから、無理は禁物なんですヨ、係長(笑)

2日目。
中国深センに行く。
…これがまた、人生において最大級の最低なツアーだった(怒)
まーず、飯が不味い。
生まれてこの方、こんなに不味い飯を食わされたのは初めてだ、と叫びたくなるくらい不味かった。
うちの所長達は「こんな飯食えるかっ!」と激怒して店を出て行ったくらいだ(←それは大人気ない/苦笑)
とにかく、飯も不味ければ酒も不味かった。
その上、朝の9時から拘束され、解散したのは夜の11時………
もーーー、激むかつくあまり、空腹を静めるためホテル近くの屋台へ夜食をしに出かける。
その帰り、うっかり隣の営業所の人々に捕まり、そのまま何故か香港まで来てカラオケに連れて行かれる羽目に……
いい加減、おいら眠いんですけど(涙)

3日目。
ようやく自由行動。
一度行った事があるため、すっかり土地感のある香港。
頼まれた土産物も物色したかったので一人で街を散策したかったのだが、断固として許してもらえず………
結局総勢8人近くで、移動することに。
団体行動が極力苦手な私には、ストレスが溜まる一方だった。

…結局、何だかこれまで私の中にあった「素敵な街、香港」をことごとく崩されえ終わったような旅でした。
……って言うかだな。
香港は、団体で旅行するとこじゃねーんだよっ(怒)
もう一度、私の中で香港の地位を高めるためにも、リベンジで訪れなくてはと固く心に誓って帰国となりました。

■10日〜14日
旅行明けは嵐のような忙しさで。
今週仕上げた原稿の数は、かなり自慢していいと思いました(苦笑)
週末、NEW PCの接続が開始。
……それにしても、DTPオペレーターという肩書きを貰っておきながら、支給されるPCのモニター画面15インチ…って、どうなのよ、それ?(怒)
私は家でだって、17インチ使ってるわ!!
んな、小さい画面で作業させられたら、目が疲れて仕方ないわっ!!!
……ああ、もう、本当に何も考えてない無能上層部で泣きそうです(涙)

■15日〜16日
24日発行の合同誌の追い込み。
今回、3人で20P−−という、私たちにしたらかなり真剣、でも端から見るとふざけるな、な合同誌(失笑)
や、でも、一人当たり5P仕上げるのも、遅筆の3人にとっては一大作業なんですよっ!
土曜日ほぼ貫徹で原稿を仕上げ、日曜昼前にMさん来訪。
二人で最終編集を行って、夕方無事入稿完了〜
薄いけれど、中身は濃い本に仕上がりました。
なんてたって、無用なページは1Pもありませんからっ!!!(笑)
最初っから最後まで、オール漫画。
合同誌だけど、コメントすらありませんよ………(苦笑)
その後来週の打ち合わせを綿密に行い、もんじゃ焼きを食べてお疲れ様会をしました〜


□アメリカの事件について
10年以上前に、初めて行った海外旅行先のニューヨークで、貿易センタービルを見ました。
当時、日本には都庁も建っていなく、幼心にアメリカの巨大さと富と凄さを実感したのを覚えています。
あのビルが、跡形もなく消えてしまいました。
何千人もの命を奪って…

私は平和の国に生まれました。
軍隊を知らないまま、生きてきました。
知っているのは、祖父母から教えられた第二次世界大戦の悲惨さと、終戦記念日周辺に放映される当時のVTRだけです。
そんな私でも、戦争は行ってはいけないものであることを分かっています。
たしかに、今回のテロ事件で犯人側が行った行為は決して許されるものではないと思います。
罪もない民間人を多数巻き込むことなど、あってはならないことだと思います。
でも、彼らをそこまで追い詰めたのは誰なのでしょうか?

報復することは簡単だと思います。
報復することによって、罪もない命を奪われた人々やその関係者の気持ちもおさまるかもしれません。
しかし、もしも今後、このような事件を起こさぬように平和な世界を望むのであれば、やらなければならないことは「報復すること」なのでしょうか?
戦争が始まれば、多くの命がまた犠牲になります。
これ以上命が失われて、今後に何が残るのでしょうか。

今、一番真っ先にやらねばならぬことは何なのでしょうか?
報復をすることですか?
NYを、マンハッタンを再建することですか?
テロの犠牲になった人々の遺族への、アフターケアは?

報復することが悪いとは思いません。
でも、それが本当にやるべきことなのであるかどうか、今一度考え直すべきではないかと、思えて仕方がありません。


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