椰子の実日記【JOYWOW】
2007年11月16日(金)
光原社

盛岡まで足を伸ばし(JR花巻駅から3両だか4両編成の各停で 40分)、光原社へ。賢治生前唯一出版された童話集『注文の 多い料理店』の版元だ。写真の一帯が光原社、現在は出版で はなく、陶器、民芸品を商う会社である。いくつか建物が あり、写真右は喫茶店。

店内。珈琲がおいしい。
奥の突き当たりが北上川を見下ろす風景で、とても美しく、 清浄な氣が流れていた。そこで掃除をしているご婦人と しばらく話し、光原社の歴史を教えてもらった。 光原社は、賢治の頃、別の場所にあった由。 それが、戦車部隊が駐屯する場所になるため、国から移動を 命じられた由。
「それはいつごろのことですか」 「北支事変のときです」
ぼくはまた自衛隊の戦車部隊とかそういう話かと思って いたので、びっくりした。時間があまりにも「つい最近」 のことのようなのだ。この点、ヨーロッパに似ている。
光原社創業や『注文の多い料理店』出版の経緯、若き賢治 や及川四郎(創業者)のエピソードは楽しく、ほほえましい のだが、ここでは紹介するだけのスペースがない。また別の 機会に。そして、話を聞かせてくださったご婦人は、創業者 の娘さんでした。80幾つ、とおっしゃっていたなあ。
ちなみに光原社という社名は賢治のネーミング。 『注文の多い料理店』は無名の新人の作、無名の出版社、 高価格、という三拍子で、「注文の少ない料理店」という 結末だった。しかし、その後、賢治作品は世を潤し、 花巻の観光資源となり、新幹線まで止めちゃうパワーを 持つことになる。すごいね。
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