椰子の実日記【JOYWOW】
2005年07月18日(月)
アスベスト問題
アスベスト問題が顕在化しているが、92年に旧社会党が 規制法案を当時の宮沢内閣国会へ提出し、結局廃案になった 経緯がある。そしてぼくはその頃、法案のゆくえを見守って いたのでよく記憶している。
建設業界ではそれよりかなり前から話題になっていた。 押出成型セメントパネルが一つの市場を確立しており、 旭化成も後発ながら参入しようと製品の開発を進め、 完成した。ところが、当時の他の押出パネルと同じく アスベストを含有するものだった。 現在は知らないが、当時たしか、5%以内のアスベスト 含有率であれば「ノン・アスベスト」と表記できた。 無農薬に対する「低農薬」といった感じである。
そこへアスベスト問題がもちあがった。 「健康に危害を加えるものは市場に出すわけにはいかない」 という理由で、製造ノウハウや製造工程、販売体制など ほぼ完成していたすべてを廃棄し、旭化成はアスベストを 全く含まないゼロ・アスベストの製品の開発に一から取り掛かった のである。このニュースを聞いたとき、ぼくは自分の会社が とても誇らしかった(ゼロアスベスト製品はその後完成し、 ハイプリートという商品名で活躍した)。
横浜プリンスホテルの真ん中の吹き抜け部分の壁も、当初 設計では押出パネルが使われていた。しかし、アスベスト を少しでも使っている壁を採用するわけには参らぬ、と いう施主プリンスホテル側の意向で、急遽へーベルに 変わった。1990年の施工中、現場見学に行ったものだ。 旧社会党が法案を提出する以前から、建設業界では問題視 されていたことが、このエピソードからもわかる。
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