無言のまま電車に揺られ続け、しばらくしたらことんと塔矢の肩がおれの肩に当たった。
そのまま離れることなく寄りかかる。
日曜の午後の電車は奇跡のように空いていて、だから並んで座っていたのだけれど、普段ならどんなに人の目が無くても塔矢はこんなことはしない。
ちらりと見る横顔にはまだ赤味が残っていて、先生に殴られた時のことが鮮明に蘇った。
『ならば好きにすれば良い。ただしもうおまえとは親でも子でも無い。二度と顔を見せるな』
すんなりと受け入れてもらえると思っていたわけでは無い。
そうなることも当然予想していた。けれど、予想と現実は重みが違う。
「塔-」
呼びかけてやめた。
塔矢の目にはうっすらと涙が滲み、膝に置かれた手は細かく震えている。
(先生も泣きそうな顔だったな)
鬼のような形相と人は言うかもしれないが、その目は深い悲しみに沈んでいた。
ふりあげられた腕は塔矢を殴った後、続けておれを思い切り殴った。
(痛かったなあ…)
当然だ、大切な一人息子を奪ったんだから。
当たり前にごく普通に生きて欲しいというささやかな親の願いを踏み詰った。無理も無い。
愛し合っている。
ただそれだけだったらたぶんあそこまで先生は激怒しなかった。
でもおれ達はそれを隠さずに生きていきたいと告げたから。
「…お父さんは」
ふいにぼつりと塔矢が言った。
「お父さんは自分の体面や世間体のために怒ったんじゃないよ」
「わかってるよ、そんなの。塔矢先生だぞ? ガキの頃から知ってるし」
「だったらぼくは生まれた時から知ってる」
小さく塔矢は笑ったようだった。けれどすぐにきゅっと口元が結ばれる。
何もわざわざ風当たりが強い生き方をしなくてもいいだろう。
表沙汰にせず、秘して暮らしていけばいいと。
懇々と諭す言葉に首を縦に振らなかったから殴られたのだ。
「あんなにバカバカ言われたのは久しぶりだなあ」
「ぼくは初めてだ」
「そりゃあ、おまえはな」
ずっと『いい子』だったのだろうから。
「でもこれからおれんちでも罵られて殴られる予定だし」
「キミは本当にいいのか?」
「え? まあ、一日二日で理解してもらえるとはもともと思って無いし、一生理解してもらえなかったらそれはそれで仕方無いし」
反対されて、それで覆せるものならば最初から選択などしない。
そう言うと塔矢も頷いて、それから途中で何かに気が付いたかのように声をあげる。
「あっ」
「何?」
「…今日、父の日だ」
短い言葉におれも詰まる。
「すっかり忘れてた。最悪だ」
「まったくな」
自分の親がどんな反応をするのかは正直自分でもわからない。
塔矢先生のように殴られるかもしれないし、あっさりと受け入れ-。
(それは無いか)
いくら楽天的な親だったとしても男とケッコンしますと伝えて平静でいられるわけが無い。
「今日は湿布買って帰るか」
「いらない」
「でも」
「痛みくらいちゃんと受け止めないと」
申し訳がたたないと言われておれも頷いた。
六月の第三日曜日。
ガキの頃は一体何を父親に贈ったんだろう?
本来なら子が親に感謝するべきその日に、おれと塔矢は二人して、これ以上無い親不孝な贈り物をしたのだった。
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