塔矢の偉い所はおれとマジな喧嘩をしてどんなにおれにムカついていてもおれに技をかけないことだと思う。
何日も口をきかないような時でも、おれが触れる時に体に力を入れるようなことが無い。
愛されているんだなあとしみじみ感動していたのだが、ある時そう言ったら真顔で「当たり前だ」と言われてしまった。
「え? でもつい反射的にやりそうになったりするもんじゃねーの?」
腹を立てている時なら尚更だ。
「努力しているんだ。意識が無いような時でも絶対にキミに対しては無抵抗でいるって」
自己暗示のように日々己に言い聞かせているらしい。
「や、嬉しいけど別にそこまで徹底しなくても。おれだってそんなにやわじゃないしさ」
「昔、緒方さんの肩を外したことがある」
ぽつりと言われてぎょっとした。
「は? え?」
「まだ子どもだった頃に、非道く大人げない勝ち方をされて腹が立ったんだろうね。自分ではそんなつもりは無かったんだけど、うたた寝をしている所を起こしてくれたのに反射的に技をかけてしまって…」
途中で正気に戻ったけれど時既に遅し、緒方先生は肩を押さえながら床に這いつくばることになったのだという。
「あれ以来、緒方さんは絶対にぼくの寝起きには近づかなくなったね」
だから万一にでもキミにそんなことをしたくなくて必死で頑張っているんだよと言われ、おれは塔矢の愛の深さに改めて感動しながらも心底ぞっとしたのだった。
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