ねぎらう と いたわる に同じ漢字をあてているとは 知らなかった!
すごく面倒だけど、これからは誰かが愚痴を言ってきたら、
へいへい 誰も愚痴なんかききたくないぜ 自分の不満足感でひとの気持ちを下げないでくれよ どうせなら楽しい話をしようじゃないか
とインチキアメジカ人みたいなことを言わずに、
あらー そうー たいへんねー おつらいわねー がんばったわねー
とインチキマダムのように労わりつつも受け流そう。
プライドの置き所はひとによって全然違うことはわかっていても 自分だったら言うのも聞くのも絶対にありえないぜ的なことはすごく努力しないと実行できない。 でもそう言われたくてたまらないひともいるのね。 みんな言わなくてもちゃんと分かってるよ じゃなくて 口にだして評価されたいのね。 そう考えてみると理解できるのね。 でもその場では、わたしってかわいそうでしょう がんばってるでしょう を支援してもらいたがっているとしか思えないから ものすごく努力しないと そうねー ばんばったわねー と言えないにょろよ。
だがこれも浮世の修行かもしれない。 それで相手が本当に満足するのか、実験でもあるかもしれない。 明日からは 母の愚痴的なことにぜんぶ そうだねー いやだよねー と肯定してみよう。 どうなるんだろう。 わたくしなら 馬鹿にすんな! と思うけど まあ肯定してるんだから大きな諍いにはならないでしょう。 薄ら寒い空気になりそうだ。
そう家族間の問題です。 現在狭い世界のなかで生きているので人間関係のダイナミズムに圧倒的に欠けている日記なのはしかたのないことなのです。
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