さて、今のところできることはないので日記でもかきませう。 テレビを一日中みているのはいくないです。 外にでるとまったく違う日常があります。 スーパーのパンとレンジご飯とカップ麺は売り切れていたがね。 直接被害を受けなかった地域の人間は、働いて物を作ってお金を稼ぐししかないです。 そして手が届くようになったらガンガン募金して救済と復興のお手伝いをするです。 腹をくくって 大丈夫バックアップするぜ、という気合を見せるです。
今は、原発の怖い推測情報ばかり報道されてますが、 わたくしはもうさんざん検査でこれくらいの放射線はいっぱいあびてますので 怖くはないです。 でも小さい子のことは心配です。 まあ ノーリスクノーリターンで、電気の恩恵をお水と同じように、 自分が生きているかぎりあたりまえにある、大丈夫と思ってきたのですからしかたないともいえます。
ああ、避難勧告が、原発から半径20キロに訂正されましたね。 チェルノブイリを思い出します。 子供の頃でしたが、雨を直接からだに受けないようにしろ、 とかヨードをとれとか、あの頃と対処方はかわっていないのですね。 ※補足 外壁部の水素爆発だった、と報道されました。 炉心は大丈夫のようです。 原発に関する報道はNHKをみましょう。 民放は、専門家と称するコメンテーターに最悪のケース最悪ケースを想定した もしもこうなったら を言わせすぎです。 いたずらに恐怖をあおるようなワイドショー的な演出は、毒です。
なんどもテレビで繰り返し流れる津波の映像をみていると、 やはり子供の頃に読んだ、東北の昔話を思い出します。 ずっと昔にあったことが言い伝えられて民話のようになった津波のお話がいっぱいあったです。 消えてしまった村の話や、 山の杉の木に帯でからだを結びつけてたった一人生き残った童のお話とか、 海鳴りや山鳴りのお話とか。
自分は高度成長期に生まれて、いままでこの国は紛争もなく お金もあり、結婚しない女でもやりたいことができて 自分の親世代のように敗戦後のド貧乏時代もしらず、 祖父たちのように戦場に行くことも銃後を守ることもなく、 その上の世代のように、貧富の差や性差で学校にいけなかったりやりたいことができなかったり、 そういう時代に生まれなくてほんとうにラッキーだった、 と思っていましたが、 今よく考えると、時代ではなく環境だったのですね。 今までも大きな災害はいっぱいあったけど、 自分の人生をひっくりかえす程、身近でなかっただけだった。
これからしばらく 日本は厳しい時代にはいると思うけど、 きのうも言ったように、わたしたちの祖先はどこにも逃げ出せず そんなことなど考えもせずこの島でやってきた。 なんどでも立て直して進化してきた。 だから大丈夫。 なにより、東京が生きている。 そして世界の大半は日本という国が必要だと考えている。 とても辛いけどわたしたちは自然の力にたいして、 恨んだり呪ったり自暴自棄になったりはしない。 これが世界でそこで生きていくということ。
スーパーにいったら生鮮食品はまだいっくらでもあるのね。 そら豆かってきました。 今年のお初です。
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